風次郎の世界旅
   アメリカの思い出(3)
   ニューヨーク2005晩秋

                                                    BGM by ASSO 「虹の音色」

          (5)―ハーレム再訪―

 
生まれ変わるハーレム・シュガーヒル

        ニューヨークは、世界の先端を行くモダニズムの街である。また、ニューヨークは、世界の先端を行く芸術をパ
       フォーマンスする街でもある。人類のルツボといわれるほど、全世界の人々が集まり、それぞれの文化を持ち
       込んで暮らすある種のパラダイスでもある。
        そこでのそれは先駆し、世界をリードする一歩進んだレベルという意識で迎え入れられるのが一般常識であ
       る。しかし、世の常ながら、そういった表舞台には必ず相反する裏舞台があって、社会的な問題点を抱えてい
       るものである。そこに生活する人々にも、ビジネスで成功する人の影でそれを支えて耐えたり、下積みで支え
       ていたり、はてまた勝者には敗者がつきまとうといった世の道理を違えての存在はないものだ。
        一見華やかなマンハッタンのビル街にも、汚くて悲惨な社会や素朴で静かな生活があるし、マンハッタンに
       隣接した地域には、あちこちで同じ境遇を頼りの集落のような同系民族が暮らしている。
        人類のルツボは見方に寄れば、そういった集落のプラザパークである。
        私が以前からハーレムに興味を引かれたのは、そこにニューヨークのジャズのメッセンジャー達が生まれた
       ことを知ったときからだった。先駆者のデューク・エリントンをはじめとしてジャズが、黒人、いわば恵まれない
       社会の人々の中から生まれ育ったのであれば、その土壌を味わってみたいことが関心事であった。
        ハーレムが恵まれない人々の街といわれ続けながら、そこに広がる感性文化を感じ取りたいのが本音であ
       った。
        音楽はすばらしい芸術であるが、その世界で、ネイチャーに近い感性を得ることに関し、黒人に優れることは
       出来ないだろう。
 
        堂本かおるさんのハーレムツアーを案内していただいた。
        昨夜「ブルーノート」で会った鹿児島のラーメン「鷹」の御主人だという平田さんが、一緒に参加したいとのこ
       とで、主催者の堂本さんには断りもせず待ち合わせ場所の135丁目、ションバーグ黒人文化研究センター前
       に呼んでしまった。小人数のツアーとのことちょっと心配だったが、私たちの他には若い女性が一人加わった
       だけだったので、時間通りに到着した平田さんがと3人が案内を受けることになってホッとした。
        堂本かおるさんは、以前私がハーレムを訪ねたいからと125丁目の案内図をいただいた方であるが、ハー
       レムに住んでブラックカルチャーの研究と支援を続け、併せてハーレムツアーのガイドをされているライターで
       ある。彼女のツアーには一度あやかりたいと思っていたのがやっと実現した。

        少し風が冷たいが、快晴の上天気で陽の当るビルの壁がまぶしい。
        堂本さん曰く、「ハーレムには恵まれない黒人が多く住んでいるが、もともとはリッチな階層が新しい街を形
       成しようと移り住んできたところ、今再び往時のアパート街が復活する機運にある」とのことだ。
        「今日は先ずその街区を眺めてみましょう」と、135st.を西へ向かった。
        2ブロック行ったあたりがその街区いわゆるシュガーヒルで、改装が行われている数軒も含め、洒落た石段
       を登るエントランス、そこに配された端正な手摺り、また窓枠に施された彫刻など古い中にプライドを表すアパ
       ートメントが続いている。
        秋を終えたプラタナスの並木がサイドヲークの雰囲気も、瀟洒と言うのとはちょっと違うくつろいだ上流感を
       もたらしていた。
        なるほど、マンハッタンのシティーを離れて20分の距離、私生活を営むための静けさを得るポジションとして
       良いところだ。
        そしてその先には、市立大学のキャンパスが広がっていた。

        広い125丁目の通りに近い8thストリートにあるHue-Man Bookstoreに入った。
        そこは、ハーレムの黒人街ですべてを黒人にちなんだ出版物で固めた特異な本屋さんだそうである。
        黒人に親しまれるものだけでなく、白人が主人公であるにもかかわらず黒人向けに拘り、例えば「白雪姫」
       の黒人仕様まであってびっくりした。
        しかし、確かにアメリカに黒人差別が存在し、黒人の人権を白人と同等にと声を荒げねばいられない状況で
       あることは理解できるが、ここまで来ると無理矢理差別を見つけ出して子供にまで訴えるような表現に思えて、
       私には少し不愉快な気がしないでもなかった。
        だが、この地域に来れば、このような本屋があることが、住民の支えになっているのだろうか?
        店舗は新しく広くて体裁も良く磨かれた床やショウケースも整い、ハイ・ソサエティーの、むしろ白人の出入り
       する感じの店であったのが気にかかった。差別を排除すべきは白人側であろうが、同等に親しむべきは黒人
       側の方であろうから、とも思う。

           
        街角のウォールアート                   伝統のレノックス・ラウンジ

        125丁目、いわゆるハーレムのメインストリート、マーチン・ルーサー・キング通りを、8thアベニューからレノ
       ックス・アベニューとの大きな交差点を経て5thアベニューまで賑やかな人混みにまみれて歩いた。
        以前、初めてハーレムを歩いたときは、アポロシアター、ショーマンズ・クラブなどを覗き込んでみたが、いず
       れも昼間だったから私はまだハーレムのジャズをその場で聴いたことがない、「なかなかチャンスが無くて来
       れないんだなー」と呟くと、堂本さんが「じゃあ、ちょっと寄ってみるかー。ついてきて。」と、大きな交差点のす
       ぐ北にある店舗のガラス戸を押して入っていった。なんとハーレムジャズの伝統を語る「LENOX LOUNGE」
       であった。
        表の看板を見上げながら、後に続いてはいると、入り口付近ははやりのブティック風な雰囲気があるカウン
       ターバーになっていて、その奧に若い男女が店員とも作業労働者ともいえる格好でこちらに目を向けている。
       堂本さんが声をかけて、中を覗かせてもらうOKをとった。
        簡素なステージが奧のスペースに見えた。夜は本物の「LENOX LOUNGE」が展開するのだろう。1939年
       から続いているという店だ。あのビル・ホリディーもマイルス・デイビスもここにたむろいしたところなのかと思
       うだけでゾクッとくるJazz Club Barである。
        その日からLADY CANTRESE & Trio というステージに変わるため準備の作業中とのことであった。今回も、
       夜のステージを味わうことが出来ない。残念の思いを残して去る。

        大きな交差点の角には前大統領クリントンのオフィスがある(あるだけで此所にいることがどの程度あるの
       かは不明)背の高いビルの前を通り、マルコムX通りを南へ下った。
        くすんだ壁の大きな教会がいくつかあった。教会の多い町である。

        116丁目まで行って西へ向かいClaytom、Nicholas両通りと交わるこれも大きな交差点を渡っていくとそこ
       はアフリカン・アメリカンの街とのことであった。私はそういった街があることを知らなかったので、興味津々と
       した気持ちで歩いた。アフリカンはムスリムである。ちょうど祈りの時間で大勢の黒人達が通りの舗道上で礼
       拝をしていた。
        アフリカのスパイスや民芸小物を扱う店を覗いた。通りにはカラフルな衣装を積み上げた店が目を引きつけ
       た。
        レストランと言うより庶民の食堂と呼ぶにふさわしい店も多く、一度ゆっくり歩きたい興味の湧く通りでもあっ
       た。店は礼拝の間閉じていたが、礼拝が終わると一斉にその教徒達によって開かれることになり、賑わいが
       増した。

        その後、私たちはバスに乗ってアフリカンの街を離れ、北のスペイン系の人々が住んでいる街へ向かった。
         ワシントンハイツの手前、155丁目のアメリカ・スペイン協会あたりの通りである。
         バスを降りて広い通りを3ブロックほど歩いて見て回った。ほとんどが庶民を対象にした雑貨の店であった。
         なぜかスーツケースなど大きな鞄の店が目についたので聞くと、ラティーノはたくさんお土産を持って、故
        郷との間を行き来するのだそうである。ちょっと覗いてみるとなかなか使い勝手の良さそうなものもあって、
        それに値段も安かった。
         日用品や家庭用衣類など、リーズナブルなものや独特のものを探すのも楽しい。気の利いたものは私にと
        っても良い土産物になるので2〜3軒覗いたが、今や商品は世界共通というここか、アジアで作られた物が
        多く、珍しい物は見つからなかった。

         堂本さんとは、スペイン人街で別れた。
         午後1時を回っていておなか空いていた。残された3人でスペイン風のチキンレストランに入った。大きな
        体のお客が大勢いたが、店員は小柄で愛嬌のある女の子だった。3人ともスペイン語が出来ず、英語でメ
        ニューを見ながら適当な注文をした。ボリュームたっぷりな丸焼きの鳥が盛られた皿が出てきた。シチュー
        が溢れるほどかかっていて、美味かった。ムシャムシャという感じでかぶりつき、パンをちぎりコーヒーを飲
        んで歓談しながらお互いの旅を楽しんだ。

         ハーレムは多くの民族の交差しているところ。それぞれがそれぞれの住み方で、アメリカに溶け込もうと
       暮らしているところだ。
        私たちもそれぞれの次の途へ向かうことにして、レストランの前で別れた。
        私はそのまま家路につく気にはなれず、タイムズスクエアへ向かった。 
 

            
                              スペイン街区と昼食をとったレストラン                    

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