いきなりブロードウェイへ行っても、ミュージカルもオペラも切符が手に入らない。まして今日は週末の金曜日だ。
当初は夜の部のjazzを聴きに行こうかと思ったがBlue NoteもVillage Vanguard も夜8時30分からだというし、
ハーレムのShowmans ClubもApolo theaterも夜まで店が開かないという。今回は全くの一人なので、夜遅くな
るのは避けたかった。せめて六時頃に店だけでも開くところがないかと探したが、なかなか見つからない。日曜
の夜なら息子に付き合ってもらえそうなのだが、たまたま日曜28日は全米スーパーボールのファイナル戦が行
われることになっていて、NYチーム優勝の可能性があり、街がパニックになる可能性もあるとのことだ。
あきらめようと思いつつ、セントラルパーク散歩のついでに、それでもとLincorn
centerに寄り、Juilliardのインフ
ォーメーションを覗いて見た。高級なクラシックの席にありつけたならば、越した事はない。
ところがうまいことに、たまたま29日午後に隣の教会でJulliard関係者のコンサートがあるという。しかも私の第
一のお気に入りベートーベンの「田園」がプログラムに入っている。CDは五枚持っているが、臨場で聴いた事は
まだなかった。チャンスだった。
これ幸いに、私はそのビラを受け取ってポケットにねじこむと、ホッとしてその日の帰路をたどった。
ウールマンリンクからプラザホテル
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コロンバスサークルからブロードウェイを50メートルも北へ上がると9番街コロンバスアベニューと交叉する角が
Lincorn center、その右の一角がJulliard music schoolである。世界からエリートミュージシアンの卵がここに集
まり、英才教育がなされていると言われる。只この世界であれ、修了後独立演奏会がままならないばかりか、ど
このオーケストラにも席を確保できない人がでるようで、そういった人達のために、指揮者Jens Nygaard氏が
The Jupiter Symphony Orchestraを編成したのがこのコンサートのはじまりとのことである。
したがって、集まる若い将来の名演奏家達は、ずっと居つづける訳ではないので、メンバーの編成は大変なよう
だ。だが、Jens Nygaard氏は常にJulliard出身で活躍中の名演奏家を招きコンサ−トを実のあるものにしている。
私はNygaad氏と語る事はできなかったが、聴衆の中には氏をファーザーと呼んでいる人もいたので、この教会の
牧師さんかもしれない。
コンサートは毎週月火曜日に行われ、特に月曜日にはマチネーが聴けるとのことである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
29日月曜日、午前をUNで過ごした私は、タイムズスクエアに出て昼食を済ませ、時間の余裕に任せ、歩いてカ
ーネギーホールのインフォメーションを横目で眺めつつ、リンカーンセンター方面へ向かった。マチネーは二時か
らだから、ぶらぶらといっても時間はあった。コロンバスサークルの周辺は、ビルの影をまぬがれて、真昼の日
光が眩しくそそいでいたが、真っ白な雪のセントラルパークを越えて来る北風は、そよ風ほどなのに冷たく感ぜ
られるのだった。セーターの上に、コートを重ねていても、顔に当たる風がからだ全体に、電流の走る如くピリッ
と寒さを伝えて行く。日陰のビル街からは暖かそうに見えたサークルの日向も、やはり冬は冬だ。
リンカーンセンターのオペラハウス前には、ここにもおそらく催し物を待つ人々であろう、広場のあちこちに人だ
まりをつくっている。
マンハッタンの地番は解りやすい。建物は縦と横のストリートを組み合わせて表示されているので、それに従え
ばまず間違い無く辿りつける。
66Stを西へ入るとJulliardの並びに、いかにも古く、黒味がかって飾り気のないGood
Shepherd Prestrian
Churchがあった。道路から数段の石段を登ったところから、正面玄関の重い木の扉を押して入ると、左右に分
かれた、さらに一段高いフロアーへつづく階段があり、左側に人の列があった。善良そうな老齢の夫婦の姿が多
く目についたが、コンサートの受付であろうことがすぐに解った。私は入場券を持っていなかったので少し不安だ
ったが、その列に並び受付の様子を見ていた。礼拝堂の入口に設けられた受付は、横長のテーブルを置いただ
けのもので、黒い教会の衣装をまとった婦人が、来訪者と親しげに、にこやかに挨拶を交わし、チケットを渡して
いた。皆常連の客で顔見知りのようであった。
受付のその婦人の声がとても澄んで、優しく響いているのは、気遅れした私の心の不安を取り除いてくれた。
私はゆっくりと、切符を持っていないこと、NYへ観光に来た者であるが、できればコンサートを聴かせて欲しいこ
とを申し出た。婦人は眼を大きくして私の方を向き、「大歓迎です。コンサートを楽しんでください。」とニッコリして
くれた。私は25ドルを払ってB25番の座席券を受け取り礼拝堂に入っていった。
そこは板張の床になっており、縦長の部屋を更に縦長に分け、オーケストラの席と、聴衆の席が向かい合いの
コンサートホールに編成替えされていた。
二時からの開演にはまだ十五分あったが、既に半分ほどの聴衆は席に着いていた。案内された席は、前から2
列目の真中であった。私にはもったいないような席だと思った。
オーケストラの席では、バイオリン、オーボエ、コントラバスなどの奏者が個々に音合わせを行っていた。
指揮台の近くの椅子にいる、すらっとした瓜実顔の第一バイオリン奏者が、コンサートマスターだった。その隣に
は東洋系の丸顔の女性がしきりに弦の上の手を滑らせては試奏していた。
礼拝堂はオーケストラと百人ほどの聴衆がやっと収まるくらいの小さな部屋ではあったが、音は気持良く響いて
いた。
五分前には聴く側の席はいっぱいになり、やがて控え室から、続々と楽器を手にした奏者があらわれて着席した。
皆黒い服を着ており、若い人たちである。
この人達が、これから世に出ようと言う人達なのであろう。
二時になると、指揮棒を持ったJens Nygaard氏があらわれた。70歳はすぎているだろうか、少し足をひきずって
いる。しかし、恰幅の好い体に白い髭をたくわえ、眼鏡の下に優しく光る目つきで指揮台に立つと、颯爽と見えた。
艶のある声で氏の聴衆に対する歓迎の挨拶があった。今日はピアノ奏者に特別の人を招いたから充分楽しんで
欲しい旨の話があり、さっそく「田園」の演奏に入った。
一瞬指揮棒が止まり、かすかに振れると、静かに語りかける春の自然の情景、好きな第一テーマから田園交響
曲は始まった。、暫くはうっとりと聴いてた。
オーケストラの後方が丁度東側の窓になっていて、大きく身体がゆれるJens Nygaard氏の指揮棒の向こうに並
ぶ演奏者を、黒く浮かび上がらせている。天井に近い位置の窓は、青の多いステンドグラスが静かに耀いて音の
響きを静かに受け止めているようだ。
咳き音ひとつしない聴衆のマナーも、相応しく見事であった。聴衆に若い人の姿は見えなかったが、皆本当に音
楽が好きで聴き入っているのだろう。夫婦並んで聴いている人が多いのも、落ち着いた雰囲気をあらわしている
ようであった。
美しい音色の中で、寝入るように第一、第二楽章を聴いていたが、活動的な第三楽章は、指揮棒が嵐の音の演
奏に覆い被さるように活発な目の前のJens Nygaardの動きに、ハッとするほど圧倒された。第四楽章の満たされ
た情景の移り変わりを繰り返す響きも、演奏会の場に浸れる納得させられるものだった。
私の耳では超一流のオーケストラも、名もない人々の演奏も、Jens Nygaardの名声も区別はできないが、この演
奏は、全く珠玉の名演奏であったように思われた。
静かに指揮棒が下ろされると、見知らぬ周囲の人々は、互いに喜びの握手を交わしながら、一生懸命拍手をした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
休憩をはさんで、シュトラウスの軽快なフェスティバルマーチが気分転換のように響いたあと、バルトークの「二台
のピアノのためのコンチェルト」が演奏された。ピアノはJerome Lowenthal(男性)と Ursula Oppens(女性)の二人
であった。私は演奏家についても詳しくないので知らなかったが、両者共Julliardを出て活躍中のピアニストである
との紹介を受けた。
Lowenthal氏は米人であるが、ヨーロッパで活躍して帰国している人とのこと、
Oppens氏は、カーネギーホールの
常連で、放送での演奏も多いとのことであった。又、バルトークのこの曲もはじめて聴くのであったが、難しい二台
のピアノによる連弾ばかりでなく、ティンパニーやパーカッションをふんだんに組み入れた曲で、狂詩曲のような印
象さえ受けつつ興味深く聴くことができた。
演奏が終わると、皆Jehs Nygaard氏に近づき、肩を抱きあったり、握手をしたりして声をかけている。おそらく再会
を喜びコンサートの成功を祝している常連の交流風景なのだろう。彼等がJyupitter
Symphonyのサポーターなの
だ――と思った。
堪能した私は、夢を見ているような気分で、暫く場内の雰囲気を味わってから、来場者名簿に署名した。こころも
ちJapanと大きく書いた。
これからNYを訪れる時は是非ここへ来たいものだと思った。
教会を出て、再びJulliard の前を過ぎると、夕暮れ迫るリンカーンセンター前は、昼間以上の人が夜の公演を待っ
ている。音楽好きの人々は毎日こうしてこの広場をうずめているのだろうか。
そろそろコロンバスサークルの向こうのビル街は窓明かりが目立つ時刻になる。あと30分もすればブロードウェイ
は煌く光の洪水になるだろう。
ザレイク・オブ・セントラルパーク
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風次郎は明日帰国する。
またひとつ、楽しかった思い出ができて良かった。短い滞在であったが、なつかしい旅になって良かった。
セントラルパーク・ウェストstを渡りマンハッタンの遠い響きを聞きながら、プラザホテル脇をマヂソン街へ下った。
その間、「田園」の第一テーマと第二テーマが、終始頭の中に響き、襟をたてて寒風の雪の公園を歩いているこ
とさえ忘れていた。
(2001.1.29)
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