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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No277
大月市内から見上げる岩殿山
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旧甲州街道記(2) 2019・4・21
旧甲州街道沿いの市町村も2003年以降の国の合併政策で随分変わった。
富士見から東京へは山梨県と神奈川県を通過していくのであるが、山梨県は長野県
との県境小淵沢町、ほか長坂町、白州町、武川村他を含めて北杜(ほくと)市とした。
これはまだ分かり易いが、甲府手前の双葉街、敷島町は甲斐市、甲府市を過ぎると
石和町などは笛吹市に、そして昔の日下部(くさかべ)などは山梨市、塩山を取り巻
く地域は勝沼町も含めて甲州市となった。
私などは隣県でもあり、昔から甲州と言う名称や各市町村名も馴染んでいたのが、
甲州代表を意識したような市名がいっぱいできて実に分かり難いように感じている。
私には古い地域の名前がしっくりいくのだが――。
笹子峠にかかる元甲斐大和村は武田家終焉の地として名が通っている。国道のすぐ
近く甲斐大和駅は、昔は初鹿野」と言った。鉄道開業当時、東山梨郡初鹿野村にあっ
たからだ。
初鹿野村は昭和16年に、付近の村々と合併して大和村となったが駅名はそのまま
で、52年後の平成5年に現在の甲斐大和駅へ改称されたのである。これで駅名と自
治体の名前が揃った格好になったのだが、それもつかの間、平成17年の合併で大和
村は甲州市となり、消滅してしまったのである。
列車旅であればこの辺りから笹子の山の前後の駅は昔懐かしのスイッチバックが施
されて続き、蒸気機関車が息遣いをするように白い蒸気を吐いてジグザグ線路を行き
来する駅の風景を懐かしく思い出す。
江戸から下諏訪までの甲州街道での難所と言われてきたのが笹子峠(標高1100m
)
である。鉄道だけでなく、道路を通すにも多々苦難の歴史があったのは必然である。
東京へ向かう私は、旧甲州街道から、甲斐大和駅の少し手前を右に折れ旧道に入る。
ジグザグに山道を登って行く。そして古びたトンネルで峠を越すと、街道沿い下り
にあるのが「矢立の杉」と呼ばれる巨木である。
かつて出陣する兵士がこの杉に矢を射立てて戦勝を祈願したといわれる銘木という。
北斎や二代広重などにも描かれたこの樹は、樹高約28m、根回り14.8mと目立つ。
ところどころで渓谷を見渡せるが他に風光は無い。以前の笹子街道ではこの辺りに
茶屋もあったようだが今は無い。この笹子峠旧道は、昭和33年(1958年)国道20
号線に新笹子トンネルが開通して、現在は県道212号線(日影笹子線)となった。
寂しくも、この旧道は冬季閉鎖となったのである。
笹子を通ると道中であれ、列車旅であれ思い浮かべるのが「笹子餅」である。鉄道
では車内にまで売り子が乗り込んで販売され有名だった。東京へ向かうと、母が好き
だったこともあり私も必ず買って帰った。笹子駅前のみどりやさんの「笹子餅」で、
一世を風靡したものである。午後の店は閉まっていた。
峠を降り街並みを抜けていく。
街道は、北の斜面を走る中央高速道路を見ながら、笹子川に沿って中央本線の鉄路
と入り組んで走っている。川の流れ以外、笹子、初狩両駅に残されたのスイッチバッ
ク、初狩駅の近くの山腹に砕石工場が見える外は、道路わきの民家と鉄道が大して変
化なく続くのみである。
やがて大月市外に近づき、大月警察署、中央道大槻インターチェンジが見えてくる
と大月市街地が近い。市街地に入る手前の橋からは工事中のリニア新幹線が見える。
大月市は人口3万に満たないが山梨県の東部主要都市である。東京からは約80kmの
距離にあり昨今は東京通勤圏の仲間入りをした感がある。南部を東流する桂川(相模
川)や支流の笹子川、葛野川などに沿って急峻な山と深い渓谷に挟まれた駅周辺の平
坦地に市街地が形成され、北に岩殿山が聳える。
中央自動車道、中央本線、国道20号(甲州街道)が東西に通り、また南北を国道1
39号が通じ、富士吉田市方面に通じる富士急行大月線の起点でもある。
歴史遺産も多く先史・古代の遺跡は市域80か所以上が確認され、古墳時代から継
続的に集落が営まれてきた地であった。
市域を過ぎて東へしばらく行くと、百済の渡来人が架橋した伝説を伝え、日本三奇
橋の一つに数えられている猿橋がある。
『鎌倉大草紙』に拠れば、応永34年には関東公方の足利持氏が武田信長追討のため
に一色持家を派遣し、猿橋の地で合戦が行われたという。また、戦国時代には大永4
年(1524年)に武田信虎が猿橋を拠点に相模国奥三方(神奈川県津久井郡)まで出陣
して北条氏綱と戦っている。武田氏が活躍した中世以降の戦国期には、郡内領主とし
て出現した都留市域に本拠を構えた小山田氏が、大月市域でも郷村支配した。武田勝
頼が最後に頼ろうとして裏切られた小山田氏の城があったのが岩殿山であった。ここ
には修験者からの信仰を集めた霊山で、小山田氏、武田氏、江戸期には秋元氏らの保
護をうけた円通寺もあった。
岩殿山からの雄大な富士の眺めは大月の自慢でもある。
江戸時代には甲州街道の宿場が整備され、甲州街道の45の宿場のうち12宿が現
在の大月市内にあって、江戸との往来が盛んであり、奇橋猿橋は荻生徂徠『峡中紀行
』や歌川広重などの旅行者によって紹介されたのである。また、山間部である故に生
業は宿場での駄賃稼ぎや林業、養蚕、農間余業としての織物生産を行い、谷村や上野
原の市場へ出荷したのであった。
この辺りは鉄道の各駅停車で気ままに降りて何回か歩いたから懐かしい‐‐‐‐。
*大月の歴史的建造物
宮谷白山遺跡 - 縄文時代中期のものと考えられる竪穴住居跡。
鎌田氏館跡 - ‐鎌田兵衛尉の屋敷跡
猿橋 - ‐‐‐‐日本三奇橋の一つ。付近の桂川とともに名勝指定。
甲州街道に架かる重要な橋であったが、現在では人道橋で、上流と
下流にそれぞれ山梨県道505号小和田猿橋線と国道20号で同名の新
猿橋がある。(長さ30.9メートル、幅3.3メートル、水面からの高
さ31メートル)。深い谷間のために橋脚はなく、鋭くそびえたつ両
岸から四層に重ねられた「刎木(はねぎ)」とよばれる支え木をせ
り出し、橋を支えている。
八ツ沢発電所一号水路橋 - 水路橋を含む発電施設(国の重要文化財)。
星野家住宅 - - 旧宿場町の下花咲の本陣跡。国の重要文化財に指定。
旧今井医院 - - 大正初期の洋風建築。(国の登録有形文化財)。
笹子隧道 - - - (国の登録有形文化財)。
岩殿山城 - - - 岩殿山ふれあいの館。(県指定史跡)。
風次郎
初狩駅のスイッチバック
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