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昼食を終えてからアンコール・ワットの見学に向かった。
西参道正面に立ち、あらためて環濠の先に連なる全容を眺めると「華麗なる」との
形容詞が「正に適当」に引き出されるアンコール・ワットの姿に見えた。
水への映りが素晴らしく良かった。沐浴の場でもあったという。
インドの宗教観には沐浴が重視されているのだと思う。熱帯気候の暑さを癒し、か
つ信仰として心身を浄める行為の場として沐浴に求めたのであろう。また、生活の基
盤である農業にとって治水への重大な関心を示すことも当然であり、活用ができたの
である。
水は天の賜る神聖な恵みであり、濠を配しそこに沐浴を求めることも又神聖なこと
であったのだ。
一段高くなった西塔門へ導く濠上の参道を進んでいく。両側にナーガ(蛇神)の欄
干が施された参道に上ると、視点が高くなったことによって中央祠堂群が西塔門に隠
れ、忽然と消えたように思ってしまう。それだけ世界が広く大きく目前に開けたよう
な錯覚に浸りつつ進んでいく構成だ。ナーガ(蛇神)の欄干がいたるところで崩れ、
欠け落ちているのが痛々しかった。
やがて門に近づいてさらにもう一度階段を上ると、西塔門の中に中央祠堂が現れて
くるという見事な演出を思わせる構成の妙をここでも目の当たりにする。そして塔門
を抜けたあたりでは、祠堂の全体像が眩しいほどに水平に広がる中央祠堂群が確認さ
れるのであった。
クメール建築では、神のための宮殿は耐久性のある砂岩やレンガで、人間である王
の宮殿は自然の恵みを象徴する木造と材料を分けていたと言われる。
そして王は、聖地を支配下に入れて治めていくために、その石造の寺院を造営し権
限を誇示する必要があったのである。
アンコール・ワットはヒンドゥー教3大神の中の最高神(宇宙を維持する神)ビシ
ュヌ神に捧げられた寺院であるが、同時にスールヤヴァルマン二世を埋葬した墳墓で
もあった。王と神が一体化した浄土楽園の具現、王権神格化の宇宙観を実現したもの
なのであった。
石造建築という技術からは神々の住むメール山の象徴である中央祠堂といえども大
きさ、高さに制約があり、寺院はちいさなユニットをつなげて構成されているのであ
る。
私たちは西塔門からさらに参道を進み、その両側に設けられた経蔵と聖池の間を通
って第一回廊に入った。
西面回廊はインドの叙事詩「マハーバーダラ」と「ラーマーヤナ」それぞれ王族同
士の戦闘の模様を描いた彫刻の壁面であった。南面の回廊にはスールヤヴァルマン二
世の行軍と「天国と地獄」の図が、東面にはヒンドゥー教の天地創造神話から「乳海
攪拌」、そして「ヴィシュヌ神と阿修羅の戦い」が彫刻されていた。
また、私たちの進んでいく先々には壁面や柱に繊細な掘りの美しい女神(デバター
)が配されていた。デバターはそれぞれ微笑をたたえ、それは時空を超えた神々の世
界へ魅惑の誘いであった。
中央祠堂の第3回廊東北側の階段が、その日指定された中央塔へ上ることを許され
た場所だった。既に300人ほどが順番を待っていたが、私たちは行列に加わって時
を待った。いざ順番が来て階段に足を掛けると、あまりの急な勾配に躊躇する程であ
ったが、わたしははなを押し上げるようにして上っていった。
第3回廊は中央塔と中央祠堂を中心にして十字回廊で区切られ、4つに区切られた
内側の下部はかつて沐浴場であったと考えられている。正に天空の聖池を現し、宇宙
にその境地を見出したことであろう。
中央塔の上からは各回廊に囲まれた伽藍とやや離れて広く続くアンコール・トムの
建造物群が、虚しいほど古さを訴えるさまを語っているように見えた。陽が傾いて、
霞んだように見える西の空が白んだ薄雲城で広がっていた。
○
アンコール・ワットを離れて、アンコール三聖山の一つプノン・バケンの山に登っ
た。高さ60u、そこからアンコールの「夕陽」を眺めると言う想定であった。
大変な人出で15分ほどの登山道は行列が続いていた。山頂に立つて振り返ると樹
海の中にアンコール・ワットが望めた。
プノン・バケンはヤショーヴァルマン一世によって成された須弥山(しゅみせん)
を表す聖地の遺跡である。主祠堂がかすかにそれとわかる様態で、他にも構築物の遺
跡が残骸のように広がっていた。それらの中で西の彼方に向かって陽の沈む時を待っ
たが、結局夕霞の厚みに閉ざされた太陽は地平線をほのかに赤く染めたのみで姿を現
さなかった。
私たちはどんどん暗くなっていく山道を再び行列を作って下りるのだった。
途中観光客を乗せて行く象に何回も会った。私たちは懐中電灯で砂利道を警戒しな
ければならなかったが、象が鼻を使って障害物など行く手の道の状況を鋭く掴み、す
いすいと進んで行く様子に感嘆した。
アンコール旧都の一日が終わった。
翌朝、私はアンコール・ワットの「朝陽」を鑑賞する会に参加した。西門を入って
参道を経堂の先の聖池まで近寄れば、第一回廊と中央塔のシルエットが聖池に映り、
陽が昇りさえすればアングルとしては恰好であった。
しかし、到着した頃の青空が次第に霞み、それが濃くなって丸い太陽を見ることは
出来なかった。たなびく霞を赤く染めてその位置が次第に高くなっていき、それに伴
ってすっかり夜が開け、朝の寺院を見渡せるようになる頃、伽藍を背に向けて参道を
出た。朝陽も夕陽も見事に拝むことが出来るのは稀であると聞いた。
(風次郎)
中央祠堂から見下ろす回廊 デバータ彫刻
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