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風も無く爽やかな陽気であった。ゆっくりと朝食をとって広大なアンコール遺跡一
帯のあちこちに散在する遺跡を見学して過ごす1日だった。
遺跡が発見され、観光ルート化されるまでは鬱蒼とした密林のまま眠れるがごとき
世界であったのだろうことは想像できる。
舗装もそれほど行き届いていない林の中をバスは潜り抜けるように巡って行った。
●バンテアイ・クディ
バイヨン様式に共通した構成である東西の塔門と十字形の回廊を持つ伽藍であった。
ヒンドゥー様式と後の仏教様式が交じり合ったなかで、四面の観音様(プロイ・ブラクマ
神)の像を見た。此処ではアンコール遺跡国際調査団が教育研修と調査研究の対象
としていてヨーロッパの国の調査隊の姿が見られた。
私にはアンコールの遺跡全体がヒンドゥー教と仏教への信仰姿勢を、両者どちらに
偏るでもなく行き来、或いは並存させたまま聖地として崇めているように感じられた。
ヒンドゥー教がインドにおける原始宗教の様態を離れ、それがまた、仏教を派生させ
て広がったことは理解できるものの、クメールの王は聖地を築くにあたりその宗派ま
で統一することを厳格に望まなかったか、または当時の宗派統一は難しかったのであ
ろうか。
●スラ・スラン
「王の沐浴のため池」とのことだとのこと。
一段高いテラスのような入口から、20段ほどの階段を降りて十字のテラスが水辺
に通じている。対岸が霞むほど大きな池であり、それを睨むシーサーのようなライオ
ンの彫像が2対厳しく立っていた。
入口で物乞いをする子供たちに付きまとわれた。何とも哀れなうえに、その子らの
手を出してくる愛くるしい表情が忘れられず、やりきれない思いのまま去ることにな
ってしまった。
●タ・プロム
1186年仏教寺院としてジャヤヴァルマン7世によって創建されたが、その後ヒ
ンドゥー教の寺院に改宗されたという。
発見当時のままの姿で残されているので、崩れた石材がそのまま散らばっているし、
また境内のマングローブなどスポアン(榕樹)の大木が異様な形で建物に絡み、神
秘的な空気が漂っていた。
正面堂の中にふっくらとして眼を閉じた美しいデバターの彫刻があって印象深かっ
た。
●タ・ケウ
ヒンドゥー教の寺院として11世紀の初頭ジャヤヴァルマン五世によって造営が始
められたが、王の死によって石材を積み上げた未完成のまま放置され、そのままであ
るとか、‐‐また建築途中に雷が落ち「これは神様の怒りで、造ると悪いことがある
として途中で建設をやめた、とか言われているようだ。
階段がきちんとしているので元気を出して登って見た。降りるときに道案内と称し
て子供が親切に手を貸してくれたが、何のことは無い、物乞いだった。
●バンテアイ・スレイ
「女の砦」の意味を持つそうだ。アンコール王朝の摂政役、ヤジュニャヴァラーハ
の菩提寺として建てられ、シヴァ神とヴィシュヌ神に捧げられたという。
小寺院であるが外壁は赤色砂岩が使われ、屋根の一部にはレンガも使用されてお
り、正面からのラテライトの参道は絨毯を敷いたように美しい境内であった。
此処には「東洋のモナリザ」と称されるデバター像があり、作家のアンドレ・マル
ローがこれに魅せられて盗掘を試みたといういわくつきの寺である。なるほどその像
に限らず掘りの深い美しいデバターがたくさん見られた。また細かい浮き彫りの数々
が中央伽藍のいたるところに見られた。
それぞれが傑作で有名作家が盗みの欲望に駆られる気持ちも解りそうな気がした。
アンコール遺跡の最後の鑑賞に堪える心に残る印象深い寺院であった。
○
此処を最後に私たちはシェムリアップの空港に向かい、カンボジアを後にしたので
ある。
アンコールの興味は何といっても、パノラマのように繰り広げられる寺院の存在で
ある。密林のなかでそれらの造形は、あるものはそそり立つように、あるものは崩れ
た跡形のまま、広大な聖地にに眠るように点在する。その造形はすべてが石で積み上
げられたものであることにも静まり返った神秘性を漂わせ感じさせられる。
評論家の松本健一氏によればアジア・モンスーン域の住民は「泥の文明」を築いた
民族である。私は今までそれなりにヨーロッパ文明(ローマ以来)の都市造形を系統
的に眺めてきたが、それらは氏の分析に寄ればの「砂」の文明から「石」が材の基礎
をなす「石の文明」そのものであった。西洋文化の影響や痕跡に関する解説は得なか
ったものの、11世紀を過ぎた時代、インドを経由した彼の地からの「石」への執着が伝
わらなかったとは言い切れないように思う。
アンコール遺跡は言わば泥の中に建つ石積の巨大造形であり、私はそれこそ壮大
さを思い描いて参加したのであった。やはり2日間では足り切れる筈も無く、空気に馴
染むほどの時間を掛けた見聞が必要なようである。
私たちは再び、ヴェトナムは北の首都ハノイへ向かったのであった。
(風次郎)
タ・ケウ 東洋のモナリザ
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