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風次郎の世界旅
 ベトナム・カンボジアの印象
(5)

music by TAM Music Factory

          
          ホー・チ・ミン廟                      廟前の広場     

     5.ハノイ(1) 

               
              翌朝、私たちはすっかり晴れきった青空を仰ぎながら、ハノイへの道を走って行
             った。相変わらぬ波静かな青いハロン湾が遠のいていき、車窓に広がる平らかな延
             々とした農地は、二期作の収穫期を迎える明るい黄色の豊かな田園風景そのものと
             続いていた。

              ヴェトナムの首都ハノイはホン河(紅河)デルタの中にある。「ハ」は川、「ノ
             イ」は内側と言う意味だそうだ。ホン河は中国雲南省に源を発する全長1140km、
             ヴェトナム領域では500kmを流れる。
              ハロン湾から長い道のりをバスに揺られたあと、市内に入るときに渡ったホン河
             はゆったりと堂々としていた。11月から乾季に入ったところで風も無い青空のも
             との穏やかな日のハノイとの印象をもった。

              ホーチミンが商都ならば、ハノイは政治・文化の中心と言えよう。結果的に北が
             南を制したから今日首都として存立していると言うことだろうか。社会主義的風潮
             は当然中国寄りで、ベトナム共産党による一党独裁政治はホーチミンを英雄的指導
             者と仰ぐことで徹底している。しかし、でありながら中国の支配を跳ね除けること
             に苦慮し対立していることも事実のようである。殊に島嶼帰属に関して関係が悪化
             している。
              日本に対して好印象をもっているのは、琉球時代からの親交もあるが、1945
             年3月にフランス植民地政府を解体するクーデターを支援して一時ベトナム帝国を
             独立させた経緯、また、大戦後のODA事業による国家建設支援によることが大き
             い。

              田園風景の旅を終えてハノイの市街地に入るや、ホン河を渡りながら見た穏やか
             そうな市街は一変して、道路にはホーチミン市で見たと同じバイクの喧騒があらわれ
             てきた。ガイド氏は、ハノイでも公共交通機関がバスしかなく、市民の経済も遅れ
             ている由、とても車を私生活に持ち込めないので生活上の移動手段としてのバイク
             は欠かせぬものになっていると語った。 
              市内の建物は低層階が主流のようであるが、ところどころには、郊外にも8階9
             階という高層アパートなどの新しい建築現場が目についた。学校の新築現場を2つ
             も見たのは、国がその方面への投資を怠っていない証左にも思えた。
              特産物が少なくこれと言ったみやげ物が無いなか、街から外れたバッチャンとい
             う地域では、そこに発見された陶土を使って、硬質な白磁の陶器を名産として村興
             しが成功していると聞いた。私たちはその町で窯元の見学を楽しみつつ土産品を物
             色した。
              私ははなと地元の野草が描かれたコーヒーカップのセットを選び、記念に購入し
             た。
              市内では、ホー・チ・ミンの遺体が安置されている「ホー・チ・ミン廟」、仏教
             寺であり、はすの花を模して1本の柱で支えられている変わった造りの「一柱寺」、
             孔子を祭った「文廟」などを歩いて廻った。文廟は孔子廟とも呼ばれ、1076
             年にベトナムで最初の大学が開設されたところでもあるとのことだ。
              日曜の行事で学生達の何かの表彰式が行われたあとの時間だったらしく、アオザ
             イ姿の女子学生が大勢文廟の門近くにいた。通りすがりの私たちの仲間は、彼女ら
             に近づいて一緒に記念写真を撮る人が多かった。
              アオザイスタイルは基本的にはかしこまった場で着用する礼服なのだそうだ。下
             にズボンをはき、上からストンと全身を包むものであったものが、うすもの、スリ
             ットを長めにして日常も装うようになったという。そのデザインが流行して、日本
             でもその感覚が持ち込まれて、使われいるそうだ。

              薄暮の頃、ガイドの勧めでホアンキエム湖までの道を一人づつがシクロ(いわゆ
             る輪タク=自転車の前に一人が座れる車椅子をつけたもの)でユニークなドライブ
             を楽しんだ。
              革命博物館あたりから大劇場の角を廻って次の通りを進んでいった。先に書いた
             ように、特に大通りは数多いバイクと車のラッシュになっていた。日曜の夕方であ
             ったが、通りの混雑は激しく平日であれば尚更大変のようである。ライトアップされ
             た大劇場の見えた大通りにはヒルトンなどアメリカ的な高層のホテルも幾つか有っ
             て大都会の夜景そのものであった。
              シクロは目線が全く車椅子のように低く、幾つか交差点を越える時はそのスピー
             ドの遅さにハラハラしっ放しだったのであるが、ホアンキエム湖に近い沿道に入る
             と葉の大きな木が並ぶ道路に小奇麗な商店街が観光地らしい様相をなしている中を
             走り、ちょっとしたロマンチックな気分が味わえた。
              市民も湖に近いこのあたりで寛ぎの時を過ごすと聞く。ハノイ市内には他にも沢
             山の水辺があって、亜熱帯の乾季にはほど良い潤いをもたらしているとのことであ
             る。
             
                                                          風次郎

     
街路樹が美しいストリート                アオザイの学生たちと記念撮影

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