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旅に過ごす日々の過ぎ行くのは早い。日本の気候だと夏のような陽差しを浴びて過
ごした数日が懐かしさを伴って思い出される宵であった。
レストランの楽しい夕食会を終えてハノイ、ノイバイ国際空港へ向かう。
旅の終わりは、故国への思いに馳せる心を自ずと抑えきれない。
これは年令によるものだろうか。それとも平和に満たされた故国の環境に浸りきっ
ている自分を、国の外に出て客観的に見ることの出来る環境の必然が我に返らせるの
だろうか。
やがて空港のチェックインの列に並び、着々と手続きが進んでいくに従って、周囲
には日本人が増え、日本の風紀が漂ってくる。我が郷土に近づきつつあるといった感
慨さえ胸を往来する。ついに搭乗待合に到達すると、ホッとして椅子にもたれつつこ
の旅の想い出を振り返るのであった。
旅程表をあらためて眺める。
2010年
10月30日(土)10:30 東京(成田)発 ベトナム航空(VN0951)6時間
14:30 ホーチミン(タンソンニャット)着
ホーチミン市内観光 統一会堂→サイゴン大教会→
中央郵便局→オペラハウス→ドンコイ通り→
サイゴン川ディナークルーズ
泊 ニューワールドホテルサイゴン
10月31日(日)午前 クチ ベトナム戦争時の秘密基地
16:30 ホーチミン(タンソンニャット)発 ベトナム航空(VN0829)1時間
17:30 シェムリアップ着
泊 タラアンコール
11月 1日(月)午前 アンコール・トム観光
南大門→バイヨン寺院→パープオン→ピミアナカス宮
殿→ライ王のテラス→象のテラス→
午後 アンコール・ワット観光
プノンバケンの丘
カンボジア料理と宮廷舞踊アプサラの舞鑑賞ディナー
泊 タラアンコール
11月 2日(火)朝 アンコール・ワット夜明けの情景
午前 アンコール遺跡群観光
バンテアイ・クディ→スラ・スラン→タ・プロム→
タ・ケウ→バンテアイ・スレイ
午後 アンコール遺跡群観光
バンテアイ・スレイ
18:05 シェムリアップ発 ベトナム航空(VN0842)2時間
19:40 ハノイ(ノイバイ)着
バスで移動 3時間
23:20 ハロン湾着
泊 ハロン・パールホテル
11月 3日(水)午前〜午後
ハロン湾クルーズ(鍾乳洞・ビューポイント展望台
水上マーケット)
夕刻 ホンガイ地区散策(ホンガイ教会・ロンティエン寺
ハロン市場)
泊 ハロン・パールホテル
11月 4日(木) 9:30 ハロン湾発
11:30 ハノイ着ハノイ観光
バッチャン村陶器窯・ホーチミン廟・一柱寺・文廟
シクロでホアムキエム湖へ
水上人形劇鑑賞
00:05 ハノイ(ノイバイ)発 ベトナム航空(VN0954)5時間
11月 5日(金)06:40 東京(成田)着
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
帰路は真夜中のフライトであった。
少しくすんだ市街地の灯かりを下にしつつ、機は静かにハノイ・ノイバイ空港を離れ
た。
一週間の旅が私に与えてくれた印象は何だっただろうか。
毎日報道から寄せられる激しい戦火の状況に心を痛めた時は、まだほんの少し遡った
時代であったにすぎないのに、その場所に立った時、私は一体何を思うだろうか?と、
やって来たのだった。この街のこのあたりで、この緑の中で、このトンネルで、‐‐‐
痛々しい人類の血を流しあった時がつい今しがた有ったにすぎない事を想像することは
とても難しいことだった。
そんな場所なのに信じられないほど明るく、平和な空気が漂い、勿論観光であるから、
世界中の人々が表情晴れやかに歩いている。幾ばくかの若者はそこにも喧騒を奏で、
年を重ねた人たちのなかには観光用に設えられた施設の銃声さへ、あたかも楽しむが如
く見えたのであった。
憤りは自分に対してのものでもあったが、恐らく、それは私の偏りすぎたベトナム戦
争への批判魂が強くそう引っ張った事による印象なのであろう。が、それを考慮しても
この地域の人々はやはり貧しく、まだ戦争のあとを歩んでいると言わざるを得ない。
この数年に至って、この地域の経済は目まぐるしく発展の域に入っていると聞く。
今、先進国の資本は雪崩を打って後進国に注がれ始め、その結果であろう。だから繁
華街は潤い、押し寄せる外国勢の為の施設(観光施設も含んで)は最早先進国並みに整
っていると見受けられた。
発展は先ず建設から入るのであろうから、道が整い、橋が掛けられ、ビルが建ち、そ
して人々の住まいが整うという順序をこれから辿るのであろう。しかし、ガイド氏が呟
いていたように、人々はまだ仕事に必要な車さへ”高嶺の花”と仰いでいるのが実態で
ある。
カンボジアの華やかなりし宗教統治の時代の遺跡を巡りながら、そこに密やかに家族
が繰り出して、子供の愛くるしい表情を頼りに物乞いをする光景を忘れることが出来な
い。せめて、この子たちには滑り台やブランコで遊ぶ機会と時間が与えられてしかるべ
きだと、成すすべを知らない自分を悔いたりもした。彼の国にはいまだに内乱の騒動が
絶えない。
そんな中でハノイでは大河に架かる大きな橋の建設現場や、半ば完成の域に達した近
代建築の公立学校の姿を、二つも見つけたのは多少の安堵だった。
ベトナムもカンボジアも両国の民は心穏やかで誠意の通る民族性とのことである。
恵まれて、世界からアジアの先進性を認められている私たち日本人として成すべき事
は何だろうか。とるべき態度はどう有るべきなのか。アジアの同胞として、せめて貧し
さの悲しみを分かち合いたいと思う数日であったが‐‐‐。
眠れぬ機中で一夜を明かし、眩い朝陽の射しこむ成田空港に着陸したのは予定通りの
6時40分だった。
そして既定どおりの手続きをへて、通常通り何事も無く過ぎてきたであろう東京の街
へ戻って行く。
普段と変わらぬ体でそのなかに溶けこんでいく自分が少し哀れに感じられたりした。
(完)
(風次郎)
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