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風次郎の世界旅
 西欧の春の旅
(14)

music by TAM Music Factory

              
                                アムステルダム中央駅                        

     14.アムステルダムの街     

                      オッテルローからキューケンホフのチューリップを観てアムステルダムの市内に入ったのは
                    昨日、夕陽が落ちる頃だった。国立ミュージアムやゴッホ美術館に近いシンゲル運河の橋を渡
                    ったところにあるレストランで夕食をとった。
                     オランダの首都での夕食メニューと言うことで、この地の料理に拘ってのこと「ヒュッツポ
                    ット」という料理だった。ポテト、にんじん、玉ねぎを茹でて鍋の中でつぶしたものに、牛肉
                    の煮込みを添えたシチューである。
                     スペイン戦争のときに篭城したライデン市民を救ったといういわくつきの食べ物だそうだが
                    豪華さは無かった。もともとイワレからしても素朴な感じがする食べ物だ。ただ、洒落たレス
                    トランの雰囲気に沿った味付けと、パンやデザートでそれなりの夕食に仕立てられ、オランダ
                    史を理解しつつ味わったと言うことでよかっただろう。街は綺麗だが美味しいものは無さそう
                    である。

                     その日はフラワーパレードを満喫したあとバスで市街地に戻り、国立博物館を見学した。そ
                    して運河クルーズを楽しむことになっていた。
                     バスは市内をぐるぐる廻ったようだが、私は疲れてしまって要点を識る余裕がなくなってい
                    た。ただ、アムステルダムは400年以上にわたって「ダイアモンドの街」として知られてい
                    るということで、ガッサン・ダイアモンズという店に入ったことが印象が残っている。ダイア
                    モンドカッティングと研磨のスリルを堪能できるスポットとの触込みだったが、語学堪能なス
                    タッフが、セールストークもなめらかに案内してくれた。カットの制作風景を見たのは初めて
                    だった。深入りすると私は時々そういった先で、思わぬ買い物をしてしまう癖があるので、半
                    分寝たふり?をしていた。攻められなくて良かった。

                     運河を巡る観光船には中央駅の近くの波止場から乗った。
                     中央駅が良く見渡せた。日本の改装を終えようとしている東京駅がモデルにしたと聴いてい
                    るが、正面から見ると殊に屋根のイメージ、窓の感じにそれらしきものを感じた。ただオラン
                    ダやベルギーにはこの種の横長にとんがり屋根の塔を並べている角ばった建物は多く見受けら
                    れる。駅と言う用途の共通性が親しく感じられはした。

                     アムステルダムは犬を連れて小さなボートに乗った2人の猟師が、アムステル川の川岸に上
                    陸して築いた川堰(アムステルのダム:Dam in the Amstel)というのが街の名前の由来と聞
                    く。13世紀以来漁村として築かれ、今は北ホラント州に属し、フレヴォラント州やユトレヒ
                    ト州と接するネーデルランド王国の首都である。
                     観光船はアイ湾側の岸壁を離れ駅の背中を見ながら右に鉄道を潜りアムステル川に向かった。
                    アムステル川は市の中心部で多くの運河に分割されて終了し、最終的にはその運河群が中心
                    部北側にあたるアイ湾に注ぎ込む。
                    街の平均海抜は2m、土地のほとんどは干拓地で形成されているのだ。
                     町並みがアイ湾に面したアムステルダム中央駅を基点として放射状に広がっていると同じよ
                    うに、運河も放射状にはりめぐらされ、保存されている運河沿いの建物とともに運河は世界遺
                    産にも指定されている。アムステルダム観光の目玉の一つである。 
                     18世紀の東インド会社が所有していたアムステルダム号のレプリカと海洋博物館を眺めつ
                    つ水門を過ぎると16世紀に造られた城壁の見張り台モンテルバーンの塔が見えた。あとで造
                    られたと言う時計台が見栄えを良くしている。
                     アムステル川の本流に入る角には現在の市庁舎、その手前に観て来たばかりの「夜警」で有
                    名なオランダ画壇の巨匠レンブラントの家もあった。へーレン運河、カイザー運河、との交差
                    を過ぎるとマヘレのハネ橋があった。17世紀に、近くに住んでいたマヘレという姉妹が人々
                    の便宜をおもんばって作ったと言われる木造のハネ橋で、今も電動で使われているそうだ。
                     船が通って行く運河沿いの建物は流通に便利だったため、かつて間口の広さに応じて税金が
                    かけられたという。このため、運河沿いに現在も残る家並みは間口がどこも狭く、その代わり
                    奥に非常に長く伸ばして作られているとのこと。この解説は、京都の長屋間口を思い出したり
                    した。
                     放射状の運河の最も外郭に位置するシンゲル運河まで行って戻りクルーズを終えた。

                     春の夕暮れの時間はゆっくり過ぎていく。市街地はラッシュの時間帯に入って、道路の賑わ
                    いが始まっていた。これもオランダ特有の驚くほど多くの自転車が走っている。自転車専用道
                    路はもちろん、自転車専用信号もあらゆる所に設けられ徹底しているとのこと。どんな所でも、
                    雨が降っていても、若い女の子もおじいちゃんもとにかく自転車を使うので、道路もそれを前
                    提に作られているとのことである。東洋の新興国にも自転車が盛んな国は多いが、ではなかな
                    か専用道路とまでは行かない。
                     もうひとつオランダ特有の風景を見た。
                     近年、売春に関しても合法化され、売春婦達は所得税も払っているし、労働組合までもが存
                    在する職業だそうだ。公然と飾り窓があった。少なくともEUでも良識国と見放されている国
                    であろうに、これまで私は知らなかった。確かに客待ちの女性が目抜き通りの、1階2階の飾
                    り窓に座ってこちらを向いているのだった。                  
                     市内で国立博物館前の橋を渡ったところからシナゴークが建っているのが見えた。
                     自由や寛容を掲げる国民性は、ユダヤに対する扱いに於いても等しく向けられているといわ
                    れる。つい数日前隣国のアントワープで西のエルサレムと称される街でもあると聞かされて、
                     この地域の国々の経てきた歴史が齎した、改めて意識すべきものを痛く感じた次第である。

                     私たちは、交差点の先を左側に折れて電車通りに面したレストランで夕食をとった。サーモ
                    ン&コロッケ(オランダのコロッケはチーズが入っているのか少しモチモチ)美味しかった。

                                               ○

                     市街地を抜けていくバスの車窓から、町の中心、ダム広場に面して王宮が見えた。王宮は1
                    648年にアムステルダム市庁舎として建設されたものであるが、ナポレオン戦争でルイ・ナ
                    ポレオンが王宮として用いるようになったのである。現在のオランダの王家はハーグに住んで
                    おり、この王宮は時に迎賓館として使用されることもあるという。実質の首都はハーグといわ
                    れる由縁である。
                     車窓の街灯りは次第に民家の灯りに変わっていった。宿泊しているバスチオン・スキポール
                     ホテルのあるホーフドロープ地区は、市民の健康運動施設などがある郊外住宅地が点在する地
                    域であり30分ほどで着いた。
                    オランダを去る、この旅の最後の夜を過すのであった。
                              

        
                   自転車の多い街の通り                   自転車専用路のマーク   

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