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帰路に着く朝になった。私はオランダの朝の散歩に出た。
ホテルの近くは住宅地になっているエリアと広い運動公園であり、商業施設は私たちが泊ま
ったホテルとホテルの隣にテニスクラブ、中国の見本市施設があるのみであった。その施設の
向こう側にスキポール空港へ通ずる広い通りがあり、それを越えた向こうに大きな建物が幾つ
かあるようなので行ってみた。
それは老人施設の建物のようだった。構内には自由に入れたが、建物の中には入ることは
できなかった。
まだ6時前だった。
車で出勤してきたと思われる2〜3人の人が入って行った。物静かな広い敷地の中に、人の
動きがあり、そこにもまた今日が始まるのだ。ここにも一定のリズムの生活がある。
私の旅は終わろうとしている。
静かな朝がいい。予定された午後の便まで寛ぎの時間だ。空港ででもゆっくりすることにし
ようか――。
当て所なく知らないところを散策する時間もありがたかった。そして又、ヨーロッパに居る
自分であることに気づく。
ヨーロッパ歩きは、独立運動、革命を経て経済発展期に於ける文化――バロック、ロココ、
アールヌーボーに至る芸術の花開く時代の華やかな作品――に触れて歩くことが中心になる。
大戦の時をくぐり抜け、或いはその後再現された作品が並べられている博物館を観ている
ようで楽しい。
新しい発見もあった。
この旅は、私はベルギーのEU拠点としての地位展開に、妻はなは単にオランダのチューリ
ップの季節への参加に惹かれて訪ねてきたのであったが、それぞれ、ベルギーはEU構想を確
たるものととらえて歩を進めていると実感したし、オランダの花によるアピールも幸い天候に
恵まれて楽しく堪能できた。
それは兎も角、それに加わる印象は両国とも街の美しさに心を打たれた。
それに夜の街にネオンが目立たないのが良い。街灯が必要に応じて続いているのは良い
し十分であるが、スキポール空港にさえネオンは無いのであった。落ち着いた感じになる。
建物の豪華な装飾は、造られ、刻まれ、保たれた芸術そのもので、それが育まれて来た、混
同した民族の共存する生活術の中で保たれている。そして、抑えられ虐げられつつ歴史に
学んだ処世の仕方を耐力として生きているに違いないと思わせるものがあった。それは何処
かに雷同を避けた、落ち着きを求める規制としても生きているのであろうか。
ヨーロッパの核心を感ずる旅であった。
ベルギーもオランダも十分楽しめる国であった。
朝食後、早めにバスで空港に向かう。
スキポール空港は近くだし、フライトは14時55分であるが、10時にはホテルを発った。
はなや旅の友達は空港でのショッピングとティータイムを楽しむ余裕を求めたようだ。
空港はまだ新しさを感じさせる明るい綺麗な雰囲気だった。私たちはショッピング街を巡り、
ちょっと洒落たカフェーで軽食を兼ねてコーヒーを飲みフライトに備えた。
思ったより時間は早く過ぎて、程なく機上の人になってしまったように感じた。
○
飛び立って来たオランダが小さくなり、雲の下に去っていく。
そのオランダを思う。
オランダは、つい先の時代まで先進国として名を連ね、植民地を支配する列強として栄えた
国である。今でさえカリブ海に領島を持っている。
日本とも古くから交流があった。江戸時代には鎖国下であっても唯一外交関係を維持した国
であり、オランダを通じてもたらされた学問・技術は蘭学と呼ばれて後の開国・明治維新に向
けての下地を形成することになったと言われている。
だが、日本が第二次世界大戦時、オランダの植民地であった現在のインドネシアを攻略し占
領したことが、大戦後、インドネシア独立の大きな要因となって、オランダは重要な植民地を
失ったとか、戦中の白馬事件などの影響で戦後は反日感情が強くなってしまったといわれてい
る。連合国の対日裁判では最多の死刑判決を下したほどである。
サンフランシスコ平和条約を締結し、その際には賠償請求権も放棄したのだが、のち賠償請
求を続けると変わり、今もって日本への悪感情は払拭されたとは言い切れないであろう。
だが、観光で来た私たちにそれを感じさせるものは無くて良かった。
見方を転ずれば、オランダは、他国で思想・信条を理由として迫害された人々を受け入れる
ことで繁栄してきたという自負があるため、何ごとに対しても寛容であることが最大の特徴と
いわれている。
東インド会社によるインドネシア統治に際しても、キリスト教ではなくイスラム教の普及を
むしろ領地拡大のテコとして利用した程であるとも。
国内には、現在でも他の欧州諸国に比して実に多くの移民を受け入れ、また歴史的にも金融
業、ダイヤモンド工業を通じて多くのユダヤ民族が在住し、街にシナゴーク(ユダヤ教会)も
目立つ。そういった面では度量が大きいのかも知れない。
しかし、この寛容さが騒動事件を起こすことに因する事も多いようで、政治的に難しい局面
が生ずると――。イスラム系移民の規制やEU憲法の国民投票での否決にも、このような背景
から来る近年の感情が映し出されているとされるのであろう。
人と人の生活は、国のとるべき立場は実に難しい。
○
機内食の出た後も、KLM861便は静かな飛行を続けていた。時間を追いかけて飛んでいる
からすぐに夜になっていく。
――彼の国々もやがて陽の落ちる頃だろうか。
機は前もそうだったように、ヨーロッパからの帰り道、シベリヤ上空を日本に向けて飛んで
いるのだった。
西欧の春の旅 (完) 風次郎
スキポール空港
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