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デン・ハーグは、北海沿岸に位置するオランダ南ホラント州の州都、国会議事堂のほか
に、王室の宮殿、中央官庁、各国の大使館などが置かれ、ほぼすべての首都機能を持って
いる政治の中心都市、事実上はオランダの首都である。また、アムステルダムとロッテル
ダムに次ぐオランダ第3の都市でもある。国連の常設機関である国際司法裁判所や国連が
特別に設置した旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷、国連から独立した国際刑事裁判所等の重
要な国際機関が複数置かれ、『平和と司法の街』とも呼ばれている。
八十年戦争では城壁がなかったためにスペイン軍に容易に占領を許したが、1588年
にはネーデルラント連邦共和国の政府が置かれた。1608年よりこの地で八十年戦争の
和平交渉が行われ、翌年にアントウェルペンで休戦条約が成立。ナポレオン戦争後、ネー
デルラント連合王国が誕生すると、その首都はブリュッセルとハーグの2年ごとの持ち回
りとなったが、政府は常にハーグに置かれた。
1830年、ベルギーが独立したことによってオランダの首都はアムステルダムとなっ
たが、政府はハーグに置かれたままであった。
今、ハーグには150もの国際機関が存在するが、平和・司法の国際都市となった基礎
は1899年と1907年に開かれた万国平和会議である。この結果、世界初の国際紛争
処理機関として常設仲裁裁判所が出来、米富豪アンドリュー・カーネギーの資金供によっ
て平和宮が建設されたのである。
国際連盟が出来るとハーグに常設国際司法裁判所が置かれ、第2次大戦後は「国際司法
裁判所」となった。
デルフトとハーグは隣町である。街続きと言ってよいだろう。
既に陽は傾いており、私たちが「国際司法裁判所」のおかれる平和宮の着いた時は午後
4時を回っていた。残念なことに曜日の関係で4時に閉館とのことであり入館が出来ず、
外観を眺めただけだった。建物の内部装飾品はすべて世界各国が寄贈したものとのことで
あるが、入り口の道路側にも世界各国の石を集めたモチーフがあったり、カラフルなモダ
ン装飾のベンチがあって眼を楽しませてくれた。
デン・ハーグの北海に面した郊外に、行楽地であるスヘフェニンゲンがある。元は漁村
だったが今はオランダで1、2を競う海の観光地になった。そして、市街地中心部からそ
の海岸に向かう一帯は広大な「スヘフェニンヘン森林公園」である。私たちは平和宮の近
くにあった日本大使館を眺めながら進み、公園に沿って建っている市立美術館、オランダ
国際会議場の間にあるベルエアホテルに入った。ホテルの窓からは森林公園の緑が延々と
彼方まで続いて見えていた。
この日の夕食はそれぞれに街に出て散策しながら自由にとる事になっていた。
ホテルの前は森林公園、右手に見える市立美術館との間にトラムの停留所があったので
仲良くなった仲間と駅の近くまでトラムを使ってみることにした。地図を持ち下車する停
留所名を書いたメモを見ながら、トラムの窓からハーグの街を眺めていると、建物は殆ど
が2〜3階で彫刻のような装飾を施した美しい街並みであった。それに加えて森林公園が
いつ終わったかも分からないほどあたりは森や林の見える風景ばかりである。
停留所を降りたところは三差路になった広場と言った感じで、そこにも公園が見え、そ
の一方の通りにレストランが並んでいた。
人だかりがしてくる6時を過ぎた薄明かりの通りは、既に街灯と、店舗の窓明かりが客
を招いているようだった。店の前は所狭しと置かれた駐車の列だった。
私たちは「LEUK」とネオン看板が掛けられた店に入った。間口の見栄からすると中
は10ぐらいしかテーブルの無い狭い店で、混雑していた。
私たち4人が入った時に丁度席を立ったグループがあってラッキーだった。感じのいい
婦人がオランダ料理のお勧めは数少ないが、と「ズールコール」を勧めてくれた。キャベ
ツを千切りにして塩を振って醗酵させ酸味を出した上にソーセージを載せたもので、東洋
人に好まれると英語で対応してくれた。何と、シェフは中国人で彼女は夫人であるとのこ
と、そしてもう一人のウェイトレスは姉妹だと言う。そして「東洋人ともだちよ!」と、
時々私たちに話しかけたり、旦那もつれてきて紹介するなど盛り上がった。魚はタラをハ
ーブ風味で焼いてもらって食べた。
楽しいハーグの夕食会が出来て良かった。
翌朝、私はホテルから森林公園に沿った道を再び市街に向かい、日本大使館や世界最大
のパノラマ風景画「漁村スフェニンヘン」のあるメスダウ美術館の前を通って1813年
広場まで行った。広場には記念碑が建っていたがオランダ語が読めなかった。当時はナポ
レオン戦争の末期、1815年のウィーン会議でネーデルランド王国が設立される直前だ
けに、市民の意思結集がなされた銘記すべき地なのかもしれない。
現代、万国平和会議のもたれたハーグの街は落ち着いた静かな佇まいばかりである。
街路はどこも並木が植えられ散策に趣を添えている。イイブという落葉樹だと聞いた。
ここでも、人類が争いを繰り返し、それによってつくられた長い長い苦難や忍従に耐え
た民族の平和が、知恵をもって生きようすることの大切さを、そのことが齎す落ち着きや
静けさを知らねばならないとの思いを噛み締めさせているのであろうか。
国際司法裁判所 世界の石で囲まれた記念碑
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