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日本では、英語(Ghent)あるいはドイツ語(Gent)由来のゲントと呼ばれることが多いが、
フランス語(Gand)由来のガンの名で呼ばれることも多いそうだ。地元オランダ語はヘント
である。南東に位置するブリュッセル、北東に位置するアントワープに次ぐベルギー第三の都
市。花の都市という異名を持ち、花卉栽培や園芸農業が盛んであるという。
街の名称は「(川などが)一つに集まる、合流する」というケルト語に由来し、ゲルマン人
の征服後、7世紀には二つの修道院があったことで知られたが、中世後期には織布業の中心と
して繁栄した。その勢いはブルージュのライバル的存在で、人口はパリにも匹敵するほどであ
ったとも言われるが、16世紀後半の八十年戦争(オランダ独立戦争)以降は停滞した。
ここは、ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝(在位1519年―1556年)カール5世
(1500年―1558年)が生れた地である。彼は、宗教改革期の動乱やオスマン帝国の圧
迫といった困難な時代にあっても、ヨーロッパから新大陸に広がる広大な領土をたくみに統治
した有能な君主であった。また、名作「青い鳥」の作者メーテルリンクの故郷でもある。
この街には三つの世界遺産がある。ベルギーとフランスの鐘楼群に含まれるラーケンホール、
鐘楼、そしてフランドル地方のベギン会修道院群に含まれる小修道院である。また、毛織物
の盛んな時代の傑作絵画「神秘の仔羊」が聖バーブ大聖堂に掲げられて有名である。「神秘の
仔羊」はフーベルト・ファン・エイクとヤン・ファン・エイクの代表作であるが、門外不出の
祭壇画。両者の沿革についてはまぼろしのことが多いと言われゲント祭壇画の解決されぬ問題
となっている代物だ。
市庁舎の近くでバスを降り、市の中心部を散策しながら昼食をとる事になった。
先ず市庁舎。16世紀の建造とのことだがゴシック様式とルネッサンス様式がつなぎ合わさ
れて豪華な表情の三階建て、ルネッサンスの側の屋根にバルコニー風の出窓があり広場に向か
っている。右に連なるゴチック様式が余計に厳かに見えた。
通りを北西に進むとレイエ川の分岐する地点の橋の袂に中世の屋内肉市場の名残「大肉市場
」があった。正にギルドハウスらしい三角レンガ張りのファサード、各店舗構えが、今もその
ままのマーケットを連想させる風情を整えている。ギルドハウスには礼拝堂も併設されていた
という。庶民的素朴な佇まいを思った。
橋の反対側の岸には、かつて繁栄の時代を偲ばせる旧魚市場の建物があった。緩やかな流れ
のレイエ川を象徴する女性像と、勢いのある流れのスヘルデ川(アントワープを経由して北海
に至るスヘルデ川はこの町でレイエ川と分岐する)を象徴する男性像を両側に従えた海神ネプ
チューンの彫像が門を飾っている。この飾りは豪華だ。
その先にフランドル伯の居城、フランドル伯アルザス家の城塞があった。一般公開されていると
は言うものの、外観は古く陰湿なイメージに思った。14世紀には軍事機能を失い以後学校、
裁判所、あるいは製糸工場などにも使われた堅牢な建物であるとのこと。元のままの見張り台
からゲント市内を一望することが出来るという。
レイエ川の辺は西側がコーレンレイ、東側がグラスレイと呼ばれる昔の港街。ギルドのファ
サードが美しく並んでいる。両岸の船着場には小型観光船が停泊していた。通りの奥に入ると
中世を感じさせる路地が入り組み、レストランやカフェが多く集まっているとのことである。
私たちは昼食をとるため、ショッピングセンターの隣に連なる元ギルドハウスだった建物に
入った。後期バロックの装飾が残る建物で、湊側の戸外をテラス風の客席にしたお洒落なレス
トランだった。元は小麦計量検査官のギルドハウスだったそうな。
メニューはベルギーワッフルとバケツいっぱいのムール貝、少し歩いた後だったしベルギー
ビールも好ましく喉を潤してくれ、美味しく楽しいひと時だった。
昼食の後、お決まりのコースといわれるらしい、レイエ川に架かる聖ミヒエル橋の上に立っ
た。そこから港街に並ぶギルド建物と反対側を振り返るように眼を向けると、近くに聖ニコラ
ス教会と世界遺産の鐘楼が聳えるように建っていた。この聖ニコラス教会、鐘楼、聖バーフ大
聖堂、の眺めこそがこの町を代表する風景の由である。
鐘楼は13世紀ごろにギルドによって建てられたもので、高さ91メートル、市民自治のシ
ンボル、ギルド繁栄の象徴らしくこれらも厳かに映っている。鐘楼の東隣が、15世紀に建て
られた同じく世界遺産、繊維ホール(ラーケンホール=ラシャ取引所)である。
私たちは聖バーブ大聖堂に向かい有名なファン・エイク兄弟の傑作絵画「神秘の仔羊」を観
る事にした。フランドル派、エイク兄弟の1432年に完成した作品。門外不出の祭壇画と言
われる代物である。
さすがに人気が高く、聖堂はこの画を観に来た人で一杯だった。ロマネスク様式の主祭壇の
脇に特別展示室を設け、観客は入れ替わりで鑑賞するのであった。
ゲントの栄光が発揮された12世紀以来、教会芸術としてひとつの流れをつくりあげた「ゲ
ント祭壇画」の主峰と言われる。上下二層全体は11枚の独立した絵画から構成される大祭壇
画である。(開閉可能な画翼にも表裏に画が描かれているので、それを含めると19面になる
)その下層中央に黙示録に述べられる「神秘の子羊」が描かれているのであった。
作品は乾燥油地の上に、水彩絵具で、樫の板に描かれたものとのことだった。くどくない色
彩のイメージが神秘感を相応にもたらしているのだろうか。幾たびかの戦争をくぐり抜け、火
災も免れて、光栄と華麗さを保ち、神の愛を謳っていると言う祭壇画に相応しいガイドの解説
が心に残った。
聖堂には別室が設けられ、ヨース・ヴァン・ワッセンボフの「キリストの磔刑」、ルーベン
スの「聖ハーブの修道院入門」、L、デルボーの彫刻「真理の説教壇」等を観た。
外に出ると、優しい陽射しを感じる午後の街だった。聖堂の壁に沿ってすこし行った先に三
角の広場があり、聖堂を背景に春の花に囲まれて、フーベルト・ファン・エイクとヤン・ファ
ン・エイク兄弟の像があった。
すぐ近くに州庁の建物が聳えていたが、静かなたたずまいだった。
もうひとつの世界遺産17世紀の小べギン会院
は割愛して、私たちはバスに乗った。
そして運河の街ブルージュへ向かった。
風次郎
聖ハーブ寺院聖堂 エイク兄弟の銅像(後方は聖ハーブ寺院)
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