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モネ劇場の裏手に廻ると、真っ直ぐな坂道がサン・ミシェル大聖堂に続いていた。
街はとても静かで街路の明かりに照らされ、その先に高く厳かな聖堂の塔が輝いているの
が見えた。そこは「涙の山」と呼ばれる丘の上である。登りきると、聖堂前の広場に木立が
整然と並ぶなかに、これもまた無数の照明灯が立ち、いつの時も来る人を拒まぬ雰囲気を表
していた。
13世紀に内陣が造られてから、15世紀に鐘楼ができるまで300年かかっているゴチ
ックの壮大な建物は、1516年ヨーロッパ史に大きな足跡を残したカール家の5世が結婚
式を挙げたことで有名である。
聖堂は北駅から中央駅、南駅へと通じる広い通りを越したところに在った。
駅を観るのは私のひとつの課題だったから、私はその広い通りを右側に折れて中央駅へ向
かった。
早朝とはいえそろそろ人の動きが感じられた。中央駅のメインホールは1階であったが、
人の集まる場所も無いほど簡素なもの、中2階出札所の風景をしばらく眺めていたら、掲示
板に出発する列車があったのでホームに上って写真を撮ってきた。しかし、雰囲気を感じた
かった国際線の中心であるユーロスターやTGVタリスの発着は南駅から、ということのよ
うで滞在中には南駅には行くことができず残然だった。
中央駅の右手から王宮へ続く公園のような階段の道を辿った。
アルバートT世の名を冠した王立図書館とそれに続く王立美術館が傾斜に沿って建ち、一
段高い場所のロワイヤル広場まで階段状に建物が並んでいるのだった。
王立美術館の現在の建物は1880年に完成した古典様式の宮殿であるとのことであるが、
もともとフランスが占領中にパリの中央美術館(現在のルーブル美術館)の分館として設立
されたものである。ここは14世紀から18世紀までの絵画の宝庫とも言われて、ことに地
元作家ブリューゲルとルーベンスの大作が観られるとのことである。
朝食後の時間ツアー参加者全員で再びこの広場に上ってきたが、入場して鑑賞する時間は
無かった。
私たちは王宮を訪れた。外観で私は日本の東京駅のイメージを連想して親しみを覚えた。
その前に広がるブリュッセル公園を散策し、サン・ミッシェル大聖堂越しに広がる町並みを
眺めながら丘を下り、街の中心「グラン・プラス」へ向かった。
心から魅せられたグラン・プラス
17世紀以前に建てられた大部分の建物は木造建築であったという。1695年、ルイ1
4世の命令によるヴィルロワ将軍の砲撃で市庁舎を除く殆どが破壊されてしまう。
しかし各ギルドは、集会場として使用する目的で、驚くべき早さで現在の石造りの建物を
再建してしまったのであった。
文豪ヴィクトル・ユーゴーが「世界で最も美しい広場」とまた詩人ジャン・コクトーが「
豊艶なる劇場」と賞賛したと言われるのはさすが、東側の小路から広場に入った途端、その
豪華さに圧倒されてしまった。
先ず眼に入る1455年に増築された中央の塔(ゴシック様式の96メートルの塔=ヤン
・ファン・ルイスブロエクの作)をもつ市庁舎が、端正にそしてまた正に豪華に広場に君臨
するかの威容で建っている。
振り返ると広場の反対側には、幾つかの尖塔を従えて三層の円形縁取りに煌びやかな彫刻
を施した窓を並べ、壮大を誇るように「王の家」が建っている。
王の家は、12世紀以降パン市場として親しまれた木造建築物であった。それゆえオラン
ダ語では「パンの家」(broodhuis)
と呼ばれる。15世紀に石造に変わり、尚ブラバント公
の行政庁が置かれた理由で「公の家」と呼ぶようになり、公がスペイン王になると「王の家
」と呼ぶようになったのである。塔はのちにカール5世がゴシック様式で建てさせたもので
あるとのことだが、現在は当時の塔も回廊も存在しない。1875年にネオゴシック様式で
再建されたものであるとのことだ。
建物は1985年に改築され、市立博物館になっている。ここに有名な、ブリュッセルの
最長老市民「小便小僧」に世界から贈られた沢山の衣装が展示されているというので、それ
を目当てに、はなと一緒に見学した。この街の歴史と一緒に展示があったが、小便小僧の衣
装以外は市立博物館を名乗るほどのものも無く少しがっかりした。
「小便小僧」の実物はグラン・プラスから少し歩いた街角にあった。観光客には随一の名
所であるだけに、人だかりが絶えなくやっと近づいて写真を撮ってきた。この子の愛称はジ
ュリアン坊や(Petit
Julien)で、登場の由来はいろいろあるらしい。
私が気に入っているのは「侵略者が城壁を爆破しようとしかけた爆弾の導火線を小便をか
けて消し、町を救った少年」という武勇伝説。もっともらしくて楽しい由来だと思う。
有名になるということは恐ろしい。様々な機会に、各国から衣装が贈られることが慣習と
なって、持ち衣装の管理どころか市役所には着衣の担当職員が必要になったとのこと、また、
日本においてさえ、様々な所にこの像が置かれているという現象は一体なんだろう。それど
ころか、Jeanneke
Pisという女の子が小便をしている像が広場の反対側の街中に突然お目見
えしたのだという。男女平等精神と言うにはいささか戸惑ってしまう。
私たちも見るは見たが、何となく絵にはならないような気がした。
グラン・プラスのもうひとつの大きな建物が、東南側に建つブラバン公爵の館である。
正面に歴代のブラバン公の胸像が飾られているためこの名で呼ばれるとのことである。コ
ロサルという建築様式だが古典様式との調和を保つ為バロックのフラマン様式を変化させた
ものだとのこと。地下にはレストラン、上階はホテルにも使われていて中央トップにはベラ
ンダ風の手摺が着いていた。
他の様々なギルドを淵源に持つ建物にも、壁に飾られた包丁や樽、手押し車などの紋章が
それぞれの職業をあらわしているのだそうで、建物にそれぞれ名前が付けられている。
星 (L'Etoile)
最古のギルドハウス。黄金の木 (L'Arbre d'Or) - ビール醸造業ギルドの
家だったもので、ビール博物館になっている。黄金の汽艇
(La Chaloupe d'Or) - 仕立工の
家とも言い、仕立工の守護聖人の像がある。鳩
(Le Pigeon) - かつてヴィクトル・ユゴー
が逗留したそうだ。一輪手押車
(La Broouette) - 聖ジル像で飾られている。袋 (Le Sac)
- かつては高級家具師たちが住んでいた建物で、外観を彼らの道具が飾っている。雌狼
(La Louve)
- 建物下部のレリーフでは、伝説のローマ創健者、雌狼に育てられたロームル
スとレムスが描かれている。狐
(Le Renard) - 頂上に聖ニコラの像を戴いている。
私たちが広場に入って行ったすぐ脇に「ゴディバ」の売店があった。その場所こそ有名を
馳せたチョコレート、ゴディバの発祥の所の由、間口たった3間ほどの店に鮨詰めのお客が
寄っていたが、はなもそれを見逃す筈が無く、苦闘して大きなバックを下げて歩くことにな
った。他の店で買う値段より1割は高いのだが、その有様には納得せざるを得ない何かが潜
んでいるのだろう。私たちは市役所建物にあるインフォーメイションで市内循環の観光バス
の切符を買ったが、一旦ホテルへ引き返し身軽になって出直すことになってしまった。
(風次郎)
グランプラス・市役所 (右)小便小僧
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