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オネギンという旅行社の提携している土産物店に寄った。芸術広場に面していてガイドブック
も取り上げている店だが構えは至って平凡。商品の充実(粗悪品が無い)と多くの国の言葉で対
応してくれるのが受けているらしい。サンクトペテルブルク特有のものが何かないだろうかと、
楽しみながら店内をくまなく歩いたが気が付いたものは無かった。
私達が手に入れたものは、私は結局絵葉書1枚だった。はなは何処へ行っても買ってくるマグ
ネットに観光名所の彫刻されたプレートを、幾つか買っていた。琥珀を手に入れたかどうかは、
知らない。
その後、バレー鑑賞の時間に合わせる為、市内の「チャイコフスキー」というレストランで早
めの夕食会が行われた。
メニューは
オリーブサラダ
壺焼きシチュー
ケーキのデザート
コーヒー
であった。私は温かい壺焼きのシチューと、添えられたパンが美味しかった。
食事会は佐藤御夫妻と連れ立ってのことが多くなり、気が通じて有難かった。氏と後の劇場で
眠気に襲われるのを気にしながらビールを飲んだ。
バレー「白鳥の湖」鑑賞
エルミタージュ劇場は宮廷人専用劇場として建築され、エカテリーナが制作・脚本を担当した演
劇が上演されていたといわれている。今は一般人も観客として入場が出来るようになって、オペラ
・バレエ・クラシック音楽などのコンサートが開催されるとのことである。
河岸通り正面の新エルミタージュ入り口から入り、2階の廊下を通って劇場に入った。
収容人数が限られた円形の恰好な規模で、劇場の床は大理石、壁や柱はマーブル模様、ギリシャ
神たちの彫像のほか、音楽家や詩人の肖像画が飾られた、豪華で気品のある雰囲気であった。
席はベンチ式であったが、個別にゆったりとしたスペースが確保されており、どこからも場内が
見渡せる造り、装飾された天井から下げられた燭台を散りばめたような大きなシャンデリア、双頭
の鷲を描いた見事な緞帳が印象的であった。
手荷物検査も厳しく、写真は制限されていると言われていたが、小さなカメラの使用であれば開
演時間外なら許されると聞いたので、2〜3枚を写す事が出来た。
私達は舞台に向かって右手のオーケストラ席(観客席は舞台の高さから競りあがるように設けら
れている)の前に座って、本日の公演チャイコフスキーの「白鳥の湖」を鑑賞した。
クラシック・バレエの名作、マリインスキー劇場で初演されたこの作品は、今では当代一流のバ
レリーナにとって欠かせないレパートリーであると言われる程ポピュラーな演目でもある。
悪魔ロットバルト役、王子に絡む道化が好演だった。白鳥の群舞も素晴らしく、私達にも馴染が
あるストーリーは十分楽しめた。ただ、王子ジークフリート役のダンサーは目立って大柄で、男役
である道化、悪魔ロットバルトとも釣り合いもいまいち、周囲の王女オデット他女性白鳥役のバレ
リーナの折角の優雅さにも不釣り合いだったように思った。踊りの技量に見劣りがあったわけでは
なかったが、惜しかったな、と感じた。これははなも同感だったようだ。
舞台は1幕2場、2幕2場の中間に休憩を挟んで演じられ、カーテンコールも華やかに10時前
終演した。
△ △ △
ロシアが誇りにしているバレーは女帝エカテリーナによって起されたといっても良いであろう。
女帝の残した遺産に、世界に光を放つ殿堂で忘れてならない「マリインスキー劇場」がある。マ
リインスキー劇場には外観だけお目に掛かったが、ヨーロッパに引けを取らぬ国威の発揮を芸術文
化の高揚に託したエカテリーナU世は、宮殿の建設、美術品の蒐集をはじめ女性の発想から成るバ
レー芸術、そこに組み込まれた音楽まで国威高揚に取り込んだのである。その功績に他ならない。
マリインスキー劇場は、1783年に女帝の勅令により、オペラとバレエの専用劇場としてサンクト
ペテルブルクに開設されたのであった。帝室劇場として、石造りであったことから「石の大劇場」
(ボリショイ・カーメンヌイ劇場)の名前で親しまれていたという。
アルベルト・カヴォスの設計、ネオ・ビザンチン様式の現在の劇場が竣工したのは1859年。翌18
60年、皇帝アレクサンドル2世の皇后マリア・アレクサンドロヴナの名に因み、「マリアの」とい
う意味の「マリインスキー帝室劇場」と名付けられたのである。
スターリン時代、暗殺された共産党の指導者セルゲイ・キーロフを悼みキーロフ劇場と改名され
たこともあったが、ソ連解体後「マリインスキー劇場」の名称に戻っている。
この劇場には1988年、ヴァレリー・ゲルギエフが芸術監督に就任、1996年には総裁となっている。
殿堂マリインスキー劇場は20年間に渡り音楽監督を兼ねている彼のもと、現在のロシアで最も
評価の高いオペラハウスとして、オペラ・バレエだけでなくコンサートにおいてもレベルの高い演
奏を続けている。メインホールは旧レニングラード・フィルでも有名であったし、現サンクトペテ
ルブルク・フィルハーモニー交響楽団はエフゲニー・ムラヴィンスキーが指揮していた時代には、
世界有数の実力を誇るオーケストラと言われた。
そして近年2013年には、隣接地に新館が竣工し、プーチン大統領が出席して記念式典と初公演が
行われた事は記憶に新しい。そこにはある日本人の逸話もあってのことである。
私は以前NHKのモスクワ支局長をしていた小林和夫氏の講演で2013年5月のその時の様子
を聞いた。プーチン大統領が公演後のシャンペンパーティーで、わざわざ一人の日本人に歩み寄り
感謝の言葉を述べたその相手は、ベネチアの大金持ちチェスキーナ洋子という人であったのだ。
彼女は芸大からイタリアの政府給費留学生へ進み、ハープの勉強をしているときイタリアの大金
持ちの貴族と知り合って結婚しその遺産を全部引き継いだ方とのこと。この人がゲルギエフの才能
を見込んでお金を出しているので、ホールの入り口には大理石に「チェスキーナ洋子に対する感謝
」と刻まれているとのことである。日露友好の一助を、彼女も語る、と小林氏は言った。
マリインスキー劇場にも触れてみたい希望は大きかったのであるが、今回の旅ではその前を通っ
たのみで肖る事が出来ず、それはとても残念なことであった。
しかし、今回バレー鑑賞ができたエルミタージュ劇場も、貴重な機会であった。ツアースケジュ
ールでバレー鑑賞の内容が示されるのは直前であったし、双方鑑賞の欲張りは許されないとすれば、
むしろ恵まれたのかも知れない。いずれにしてもロシアのバレーは世界最高峰を誇る、揺ぎ無いも
のであり、これこそエカテリーナの遺産に相応しく輝いているのである。
願わくば、もう一度訪れ、この劇場での公演を甘受したいものである。
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*ご参考*ロシア帝国・皇帝の推移
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1547 モスクワ大公国のイヴァン4世(1533-84)が全ロシアのツァール(皇帝)と称す
1584-98 フィヨドール1世
98-1605 ポリス=ゴドノフ
(ロマノフ朝)
1613-45 ミハイル=ロマノフ
1645-76 アレクセイ3世 1670 ステンカラージンの大乱
1676-82 フィヨドール3世
1682-89 イヴァン5世(ピョートルと共治)
89-1725 ピョートル1世(大帝)
1725-27 女帝エカテリーナ1世
1727-30 ピョートル2世
1730-40 女帝アンナ
1740-41 イヴァン6世
1741-62 女帝エリザベタ
1762 ピョートル3世 *宮廷クーデターで暗殺さる
1762-96 女帝エカテリーナ2世
96-1801 バヴェル1世
1801-25 アレクサンドル1世
1825-55 ニコライ1世 1828 ロシア・トルコ戦争 1854 クリミア戦争
1855-81 アレクサンドル2世
1881-94 アレクサンドル3世
18-1917 ニコライ2世
(ロシア革命)
1917 ソヴィエト(労農)政府
1922 ソヴィエト社会主義共和国連邦 元首・カリーニン
1924 ルイコフ
1929 スターリンの独裁
1953 スターリンの死
1991.12独立国家共同体(CIS)創設
1994.1 ロシア連邦会議
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(風次郎)
マリインスキー劇場(正面から)
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