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先ず、モスクワで乗り継ぎをしなければならない。
ヨーロッパロシア時間は日本とは6時間マイナスである。
モスクワまで約10時間の日中飛行であった。 JAL機では乗ってすぐにディナーとし
ての食事と降りる直前に軽食が出されたが、その間5時間ほど消灯して窓が閉ざされ睡
眠をとる事が出来た。モスクワには15時(日本時間21時)の到着予定であったが飛
行の状況が良く、50分も早く14時過ぎに着いた。
時計を現地時間に合わせる。一日が6時間長くなった訳だ。
モスクワ・ボジェドボ国際空港では入国手続きをして、サンクトペテルブルク行の国
内線シベリア航空に乗り換えである。
クラブツーリズムの添乗員(増山氏)はロシア専任でパスポートがパンクしてしまう
ほど滞在を繰り返している由。その経験はさすがにその都度細かい留意事項の提供がな
されたのでとても安心だった。
入国審査の係官はぶっきら棒で不親切と予め聞かされていたが、見た目ダラダラとし
ていて、成る程、時間が掛かった。ロシア語の分かる参加者はほとんどおらず、旅仲間
は目くばせを交わして耐え、列に並んで過ごした。
到着が早かったので、時間の余裕が心の余裕に繋がった。荷物も一旦自分のものを受
け取って、再び国内線にチェックインしなければならず、その間混雑したロビーや、セ
キュリティーチェックではスリの危険性もあるとか、皆で「ちょっとしたスリルだね」
などと囁き合って談笑した。
私はロシアに初めて入ったのであるが、正直のところ案内標識がロシア語と、その下
に英語で書かれていることに少し驚いた。長い東西の対立を経てきたことでもあるし、
又親露諸国への心配りもあろうし、或いは英語の表現は小さく、他国語の案内が幾つか
併記されているのではないだろうかと考えていたことは全く打ち消された。
これは旅行中の各所で感じたことである。
最早「英語圏かどうか」と言った括りは不要になり、英語は立派に国際語として世界
に罷り通っていることへの私の不認識であったのだ。
国内線はシベリア航空であった。中央通路の両側に3人掛け、小さな飛行機だったが、
飛行機慣れしたロシアのビジネスマンらしき人達が多く乗っていた。まだ陽のあるロシ
アの空をスムーズに飛んだ。
サンクト・ペテルブルク(プルーコボ空港)到着は19時30分だった。機からブリッジで
空港のビルに入り荷物の受け取りも楽にできた。
改築工事の終わったばかりの、清掃の行届いた綺麗な空港だった。
現地のガイドが待ち受けるロビーの外はまだ明るかった。春に人ると9時頃(21時
)までは明るいとのことである。しかし、北の国の風はまだ冷たく感じた。雪こそ見え
ないが、外の草原の緑は薄かった。
空港は市街地中心部の南にあって、私たちのバスはまっすぐの広い通りを進んで行っ
た。何処の国も都市部の渋滞事情は変わらないらしい。それに巻き込まれながら首都モ
スクワと結ぶ基幹通りであるモスクワ大通りに入って行った。
やがて30分ほどで大きな凱旋門を潜ると、その左手に投宿するホテル、「ホリデイ
イン モスコフスキエ ヴァロータ」の14階建があり、私たちはバスを降りた。
空港で英語が罷り通っていることを確認できた私は胸をなでおろしていたが、このホ
テルも米系「ホリデイイン」であれば、と予想通りフロントは全く英語で差支えなく安
心した。というより世界の事情は、観光産業の発達も加味すれば、これも英語の使用が
生活の要請に沿ったものになったということなのかも知れない。
ホテルはwifi電波も飛んでいてインターネット、携帯電話の環境も行き届いているの
だった。
部屋を宛がわれ、一休みすると添乗員の増山さんが近くのスーパーマーケットを案内
してくれるとのことなので私達も連れて行ってもらった。スーパーはホテルの並びにあ
った。
世界的に石油が暴落し、ルーブルが安くなっているので物価も安いのだろうと、値段
の分かる、食料品、菓子類(チョコレートなど)の値段を興味深く見たが、円も安くな
っているせいかかえって少し高く感ずる値段がついていた。
はな(妻)は早速ロシアのチョコレートとビスケットを買った。一部はおみやげ、一部は
試食である。
ホテルの部屋に戻って、明日のエルミタージュを楽しむガイドブックを開きながらコ
ーヒーで戴いてみた。チョコは何処へ行ってもあまり変わらないが、ビスケットはお国
柄があると思っている。少し甘みが強くしっとりしているように感じた。
(風次郎)
モスコー大通りと凱旋門(ホテルの窓から)
* 3.エルミタージュ―その1―
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