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風次郎の世界旅
 ロシアの旅
(13)

music by MUSIC CAFE

           
    ホテルの近くのショッピングアーケード(アパートの1F)         ソコリニキ公園   

           13. モスクワの朝に

                                 ソコーリニキ
                                「ホリデイ・イン・ソコーリニキ」は、市内の北東部の「黄金の輪」向かう街道筋のソコーリニキ地区
                                にあった。「黄金の輪」とはモスクワ北東50〜250kmに点在する(ウーグリチ、ヤロスラヴリ、セル
                                ギエフ・ポサード、スーズダリ、ウラジーミル)12〜3世紀に栄えた古都群である。私達も翌日セルギ
                                エフ・ポサードを訪ねることになっていた。
                                 ホテルは高層建築の華麗な建物で、ロビーも清潔感があり落ち着いた雰囲気、私達の部屋は16階であ
                                ったが見晴らしも良く、それに昨日までのホリデイ・インと同じ米系だったのでリラックスして滞在できた。

                                 ソコーリニキは元はトゥーラ州の褐炭採掘の都市だとのことだが、モスクワと東部を結ぶカザン駅、北
                                部と結ぶヤロスラヴリ駅、北の都サンクト・ペテルブルクそしてモスクワから南へと続く幹線のターミナ
                                ルであるレニングラード駅へも近い位置である。
                                背の高いビルが立ち並ぶ一方、ホテルの北側には広大なソコリニチェスカヤ広場、そしてソコーリニキ
                                公園と市民の憩う場所が続いているのだった。
                                 ソコーリニキ公園の野外劇場はアラム・ハチャトゥリアンが名声を博すことになった「ピアノ協奏曲」
                                が1936年、オボーリンの独奏、レフ・シテインベルクの指揮により初演された場所である。(ハチャトリ
                                アンは「剣の舞」が有名)何かの解説書でそれを知った私は翌朝、散歩を兼ねてホテルの前からソコリニ
                                チェスカヤ広場へ入って行った。
                                 ソコリニチェスカヤ広場は中央に緑地帯を設けた2本の散策路が500m程続き、その先がソコーリニ
                                キ公園になっているのだった。
                                 天気こそまずまずだが、4月半ばの公園は植え込まれたパンジーなどが何とか色彩を見せ始めているだ
                                けで、人気のないまま早朝の静けさと冷気を託っている。円形の池を配した中央広場では、日中シーズン
                                の開幕祭が行われている様子で、周囲を売店が囲み、イベント用のデコレーションがあちこちに施されて
                                いた。
                                 さらにその奥側がコンベンションセンターになっており、公会堂や展示会用らしき建物が幾つか並んで
                                いた。フェンスは未だ閉じられて構内に入れなかったが、恐らくここに野外劇場があるのかも知れないと
                                思った。しかし、もしかしたら大きな池の辺に小さなステージがあったので、それが演奏会に使われたの
                                かも知れないとも思ったりした。確かめは成らなかった。
                                 広い公園は背の高い針葉樹、それにポプラ林や白樺林が混じって続いていた。林の中にはカラフルな玉
                                葱塔の教会の屋根も見えた。近づいてみるとその隣に建っていたのは、来訪者の為のレストハウスだった。
                                 日中は人が繰り出してフェスティバルが賑わっていることだろう。
                                 ホテルの向かいには24時間営業のスーパーショッピングセンターがあったので、時間を見つけて店内を
                                物色した、やはり価格はサンクトと変わらず安くは無かったが、野菜に珍しい形のものがあったりして楽
                                しかった。同じ建物にスターバックスがあり、道路沿いにはCity Bank が、ホテルのすぐ横にマクドナル
                                ドなどがあって、アメリカの商魂をここでも否定してはならない現実を見せつけられたように感ずるのだ
                                った。

                                 モスクワの駅へ
                                 翌朝もまた街へ出て歩いた。今度は街の中心部、駅の方へ向かって歩いて行った。
                                 白んだ空の下の街にはまだ灯りがついていた。
                                 何処の街でも早起きをして仕事に向かうであろう人を見かけるものだ。そんな人とぎこちなく挨拶を交
                                わすのも海外旅行の楽しみの一つだが、ロシアではどうしても躊躇していた。しかし、今日でこの旅も最
                                後と思うと、思い切ってとなる。
                                 少し下りになった道路の先の鉄道を潜る場所で道路の工事をしている男達、初老の2〜3人がいたので、
                                「ドーブラェ ウートラ」(おはよう!)と叫んで手を挙げて見た。案の定、「オー、△△??」と大き
                                な声を返してくれた。訳は分からないが、大らかで良い気持ちだ。土手の補修をしている人達のようであ
                                った。
                                 暫く進み、道路の左側を歩いていたので右側に並んで見えるヤロスラヴリ駅、レニングラード駅、を眺
                                めていたら、通りすがりの人が「△△??」と声を掛けてくる。広い道路だから渡るところを探している
                                と見えたらしい。キョトンとしていたら手振りで示す先に横断地下道があった。私は「ありがとう」と日
                                本語で叫んで、手指でOKサインをし、そちらに向かった。すこしのコミニケーションが嬉しかった。何
                                処へ行っても親切を施そうとする優しい人はいるものだ。
                                 反対側に出て、駅の中も体験したいと思いヤロスラヴリ駅の入り口へ向かった。
                                 予想外に入り口の中側にはチェックゲートがあり潜らねばならなかった。制服姿の男性警備員が3人も
                                監視していた。恐らく火薬・金属探知機かと思うがこれが常備の機械か、つい最近起きたテロ事件の影響
                                での一時的な体制かは判らなかった。兎に角それを潜ると音もしなかったのに呼び止められた。英語で「
                                観光に来た日本人だ。」と言ってみたが通じていそうもなかった。カメラを持っていたのでそれを出して、
                                駅の中で写真を撮りたいと、指さしながら希望を伝えると、「よし、行け!」(そんな風に)と言われた
                                ようなので、私はご機嫌で駅の待合室の方に入って行った。強面に見えたが、茶目っ気な若者だった。
                                 駅は早朝に拘わらず大変な混雑であった。大概ヨーロッパではホームまで自由に行けるのだが、そこに
                                はもう一つ柵があったので、躊躇して列車を見るのは諦めた。写真はそのあたりで3枚撮った。
                                 言葉が通じないのは何とも不自由、それにまだ私には拭いきれない警戒感があった。それはそれで当然
                                かもしれない。
                                 駅を出る時、再び警備員につかまり、写真を見せろと言われたので、前日クレムリンで写したものと一
                                緒にモニタリングして見せると、笑って返してくれた。笑いで済んでよかったと思った。
                                 小心な自分が何となく可愛いく思えた。 
                                 カザン駅は少し離れたところにあったが、こちらの建物の方が堂々とした建物に見えた。面倒で、結局
                                中までは入るのを躊躇って引き揚げた。
                                 今回の朝のちいさな冒険?も終わった。
                         
                                                                                    (風次郎)

               
                       ヤロスラヴリ駅                      駅内部ホームへ向かうエスカレーター   


 

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