☆☆☆
8.ウェーブロックへ
7時半にホテルをバスで発ち市内を出る為にハイウェイに乗る。
今日も良い天気で良かった。早速地図を広げ、今日走る道を確かめる。
行程340キロの長丁場、運転手「ジョン」は夫人を伴って、交代要員だとニコニコしていた。
340キロといっても地図上では広いオーストラリア大陸の西の端にあるパースからはほんの
5分の1くらい東に行く程度である。
大陸の南側に東海岸のシドニーからパースまで大陸を横断する鉄道が走っている。ニューサウ
スウェールズからサウスオーストラリア、そしてナラーバー平原を越えて西オーストラリアへ続
いて来ているのである。
オーストラリア大陸は平均高度が340m。そして、2000m以上の地点はない。地球の全大陸
中もっとも低い大陸である。しかしながら、200〜500mに相当する面積が42%もある特
徴的な大陸と言う事が出来よう。つまり、オーストラリア大陸は低い大地が一面に広がり、起伏
が小さな大陸である。
大陸の東側には古期造山帯のグレートディバイディング山脈が延び、最高峰、首都キャンベラ
の南南西120kmに聳えるコジアスコ山は標高2228m。山脈の西側は乾燥したステップ気候
の大鑽井盆地(グレートアーテジアン盆地)である。ここは井戸を掘れば水が出るということで
国の主産業羊の放牧地帯となった。
大鑽井盆地より更に西はグレートサンディ砂漠、ギブソン砂漠、グレートビクトリア砂漠、等
の砂漠が広がり、パースに近づくまで人口は少ない。
東海岸側は温暖湿潤気候で過ごし易い気候なので人口はこの地域に集中した。ブリスベン、シ
ドニー、メルボルンといった大都市は全て東側地域に集中している。西側にあり、快適なパース
が注目されたのはずっと後になってからのことだった。
私たちが向かっている「ウェーブロック」はグレートビクトリア砂漠の南部ナラーバー平原と
パースの中間点あたり、ハイデンという街に近い地点であった。
パースの市街地を出るとバスは国道120号を真っ直ぐ東へ向かっている。先ずはYorkの街で
小休止、そこからBeverleyを越えBrooktonまで南下して120号を離れる。さらに一般道を再び
東へ東へと走った。
途中の草原地帯でエミユと言う動物を観た。オーストラリアのダチョウとも言うべきエミュは
羽が退化して飛ぶことができない。しかし走ると時速4〜50kmと早い。体長も2mはあって
ダチョウに次いで世界で2番目に大きな鳥ということである。
雌が卵を産むと、雄が暖め雛を育てるそうだ。木の根や昆虫、果実などが主食、ポンポンと蒸
気船のような声で鳴くという。珍しい鳥を見ることができて良かった。
やがて、車窓には広大な農地が続いた。
ガイドのヒロコさんに聞くと、所々に見える小さな(ほんの周囲3〜40m)池のような水溜
りは雨水を貯めた灌漑用水であるとのことだった。それにしてもちょっとした丘はあるものの、
見渡す限りの平坦な農地は背の低い麦の畑である。作業はトラクターと飛行機の機動力で大規模
な農業が営まれている状況を知った。
その農地の所々に生えているのはユーカリの木であった。かつてはユーカリばかりが育つ荒れ
た平坦地であったとのこと。そのユーカリの林を開墾して造られた麦畑と知って2度ビックリで
あった。
ところが、ユーカリは地層の比較的上部に浮かび上がる塩分を吸い上げることによって生息し
ているのだそうで、これを絶やしてしまうと塩化した土地は作物を育てないので、その配慮から
畑の周囲にユーカリの木が植えられているとのことである。
塩害で麦畑が出来ぬほど塩化した農地は再びユーカリの林に戻さねば農地の用をなさなくなっ
てしまう。死んだ土地は雑草化した麦が憐れに立ち、白味をおびた土を盛った山が道路の脇に幾
つも見えた。兎に角、飛行機でメンテするほどの広大な農地を、雨水の灌漑で細々と言った感じ
を持った。
水は雨が頼りで、農家は水路の土手つくりに精を出すとのことである。この国の麦はこれほど
の課題を乗り越えて生産されているのである。しからば北半球の恵まれた土を扱う我が国にとっ
ては学ぶべきことが沢山あるのではなかろうかとの思いも新たにした。
Corriginの街に入る手前で、珍しいDog Cemetelyを観た。内陸を開拓してきた人々と生活を共
にしてきた犬たちへの惜しみない親愛の情を残しているという、街の史跡として観光ポイントに
してあるとのことである。
Corriginの街では昼食をとった。街の informationを併設したレストランには、黒鳥の居る池
があった。黒鳥は翌日パースのモンガー湖にわざわざ見に行くことになっていたのだが、行った
ものの飛来して来なかったから、ここで見る事が出来て良かった。
そこには開拓時代からの、古い農具の展示(機械類のミュージアム)もあって街の観光施設へ
の熱意も見られた。
昼食後 Hydenの街の近くへ移動、いよいよ「Wave Rock」である。
バスを降りると、雑木の林が平坦な砂地に広がり、その中の小路を歩くこと10分、目前に高
さ15Mにも及ぶ巨大な波の岩が林の先に突然現れた。長さ110m、真昼の陽射しが影をつく
り不思議な感覚に襲われる。
この奇岩は一定方向から吹いてくる風、風が運んでくる砂、雨、熱などの複雑な浸食で出来上
ったものであるとのこと。2億7000万年以上前にできた表面には縞模様、これは、雨に含ま
れる沈殿物が傾斜している岩の表面に流れ込んだものとのこと。
まさに自然が創り出した芸術。とても不思議なNatural Art。まずは満足した。
110mを眺めつつその裾を歩いて行くと、岩を登る道があり、その向こうに雨水を貯めた大
きなダムが見えていた。岩の上、つまり石質の上に降った雨を誘導して貴重な水を得る施設であ
る。成程貴重な水にあやかる現実の様が眺められ、灌漑どころか感慨は隠せなかった。
ある人物のアイデアでウェーブロック上部には高さ30センチほどの誘導壁が巡らされて雨水
を引き込んでいるとのことであった。
私はこれにもむしろ感銘を受けた。水はかくも大切にされているのだと。
岩の上部はかなり広く、彼方の低地にゴルフ場もながめられる見通しの良い場所であったが、
岩場のあちこちにはオーストラリアの代表的な wild frowerが咲いている美しい場所であった。
バンクシア、ネイティブオーキッド、スモークウッドなどその名を覚え始めた花々が咲いてい
た。花はゴロゴロした大岩の周囲に咲いていたが、岩たちはカバの姿をしているとか、○○の形
をしているとか、様々な呼び名をつけられて観光資源化されているようであった。
○
ウェーブロックは確かに奇岩であったが、いくつかの感慨を胸にして帰路に着く。
再び350キロの原野と農地を、今度は落ちていく陽に向かってバスは走っていく。広大な農
地は痩せた麦(私にはそう見えた。この土質と、日本ほどきめの細かいメンテは出来っこない広
さなのだから止むを得まい)であり、多少の牧草がある荒地は羊を放した牧場であった。ひつじ
の放牧もここでは国を支える主力産業を担う仕事である。
今日知った、白んだ斑の丘はユーカリの助けが足りない農地の果てた姿であるという光景が、
所々に悲しく車窓を過ぎて行くのが寂しかった。
長いドライブは途中3回の休憩を入れてパースに近づいてきた。薄暮の空に都会の灯りが次第
にその数を増していく時間、もう7時を廻っていた。
私達はハイウェイを降りて市内に入った。
夕食はホテルに近い歓楽街ノースブリッジのイタリアンレストラン「SORRENTO」又し
ても一日の疲れを癒すにはビールが旨かった。イタリアンでも羊の肉は出た。
カバの形の岩 広大な麦畑と塩害地(畑中の木はユーカリ)
* 『風次郎の世界旅』パースの花を観る旅(9)へ
* 風次郎の「東京ジョイライフ」ホームページのトップへ
* 『風次郎の世界旅』 トップページへ戻る
* 風次郎の『八ヶ岳山麓通信』へ
* 風次郎の『善言愛語』へ