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風次郎のColumn『東京楽歩』 (No697T−177)
                                                                                                 

                                  
                                                善福寺公園

             善福寺公園

                         先般訪ねた荻外荘周辺を散策すると、桜の名所とされる善福寺川緑地に行き当たった。
                         善福寺川に沿った、4kmにも及ぶ、1964年(昭和 39年)に河川改修によって造成さ
                        れた都立の公園で、荻窪一丁目の神通橋から五日市街道の尾崎橋までの約 1.5キロの間
                        は約400本の桜並木が続いている。
                         成田一帯は古くから水はけが悪く、蛇行しながら流れる善福寺川周辺には、自然溜池
                        ができるなど水害の多い地域であったのだ。戦後は宅地化が進み、現在公園内全域は広
                        域避難場所に指定されている。
                         公園は日常近隣住民の憩いの場であるが、遠方から植物や野鳥を観測する来訪者も多
                        いという。水道道路の中間的エリアからは、西新宿の高層ビル群も一望され、都心の地
                        理的な高低差が実感できる場所である。

                         上流にある、善福寺公園も見ておきたいと思い、今週は好天続きに恵まれたので出か
                        けてきた。吉祥寺の駅から歩いて30分ほど、東京女子大キャンパスの北側にあたる辺り、
                        善福寺池を囲む地域である。
                         池は、善福寺川の水源にもなっている他、東京都水道局杉並浄水所の水源になってい
                        るという。(23区内の東京都水道局管轄の水道で、井戸を水源としているのはここだけ)。
                         池は北と南に2つあり、池を中心に、憩いの場として整備され、公園としては 1961年
                        (昭和36年)6月に開園した。井の頭池(井の頭恩賜公園)・三宝寺池(石神井公園)
                        と並び武蔵野三大湧水池として知られている。

                         ここは、古来より貴重な水源であったから、武蔵野台地の湧水池として知られていた
                        という。古くは遅野井池とも呼ばれ、付近一帯の上井草村は別名遅野井村とも言われた。
                         「遅の井の滝」と名付けられた湧水の噴出口が公園の斜面にあった。
                         源頼朝が奥州討伐の途上、この地にとどまったが、折からの干ばつで軍勢は乾きに苦
                        しみ、頼朝は弁財天に祈り、弓矢で地面に7カ所穴を開けて湧水を待つたという。軍勢
                        は「遅い、遅い」とうめきながら水が湧き出るのを待ったため「遅の井」と呼ばれるよ
                        うになったという言い伝えだ。滝は、その「遅の井」を滝の形で復元したものと言われ
                        る。
                         現在の善福寺池の名は、池のほとりにあった寺の名前に由来しているとのことである
                        が、その寺は江戸時代に廃寺となったそうだ。ごく近い所に「善福寺」という名の寺が
                        実在するが、ややこしいことに全くその由来の寺とは関係がないとのことである。
                  
                         公園は武蔵野の雑木林を思わせる木々も多くあり、野鳥や草花も豊富で、都内でも数
                        少ない自然豊かな公園である。
                         遅の井の滝のすぐ近くに「内田秀五郎像」との立派な立像があった。内田秀五郎は、
                        善福寺公園を設立するにあたり新設された風致協会の初代会長で、公園の生みの親とし
                        て貢献した人とのことである。
                         展望デッキやベンチも整って、寛ぎの散歩には恰好であった。

                                                                         風次郎

    
遅の井の滝

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