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風次郎のColumn『東京楽歩』 (No693T−175)
                                                                                                 

                                  
                                            哲学堂「四聖堂」

             哲学堂への散策

                        先週末から急に気温が下がり、まさに秋も半ばの気候、外歩きには丁度手ごろな陽
                       気である。池袋に出向いた序でに、久し振りに都内を歩いた。時間に余裕があったの
                       で西武線で東長崎まで行き、そこから歩いて哲学堂に寄って見ようかと思ったのだ。

                        道順は中野通りをまっすぐ南下すれば良い。
 
                        東長崎駅南口から住宅街の小道を3ブロックくらいに西に行くと中野通りに出る。
                        その辺りの中野通りはまだ道幅が狭く、舗道付きではあるが往復2車線であるため、
                       現在千川通りまでの間の拡張工事が進んでいる。両側は割合閑静な住宅地の間を進み、
                       都営大江戸線の地下鉄が敷かれている目白通りを渡って行く。
                        舗道は広くなった。通りに特に目立つものはなく、新青梅街道に行き着く手前右に
                       水道タンクの水の塔公園の塔が見えるのみだった。
                        ここから真っ直ぐの南下は、哲学堂通りと呼ばれて西武新宿線の新井薬師駅を通っ
                       て早稲田通りまで続いている。中野通りは、右折して新青梅街道を併用し、又左折し
                       て南下するのである。
                        哲学堂通りの右手は広大な哲学堂公園の敷地が続く。50m くらい行った先に公園
                       の史跡への入口があり、そこを入る。

                        哲学堂公園は、中野区立(一部は新宿区地籍)の公園で、総面積5万2千平方メー
                       トルの地に、日本庭園 梅園、さらに遊戯施設、野球場、テニスコートなどの運動施
                       設、弓道場がある。
                        哲学堂の名に因んだ古建築物が閑静な緑の中に点在するこの公園は、2020年に
                       国の名勝に指定されている。
                        専門学校であった哲学館(東洋大学の前進)の創設者である井上円了が、ソクラテ
                       ス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」を建設したのが、この公園のはじまりと
                       のことで、この四聖堂を当初哲学堂と称し、それがそのまま公園の名になったのであ
                       る。当初は当地に大学を造成する案もあったが、精神修養のための公園にすることに
                       なり、1909年ー1912年の間に哲理門、六賢台、三学亭などの建築物が逐次整備された。
                        これらの建物は、毎年 4月と10月以外、外観しか見られない。
                        公園の内部には、哲学者の像が祀られているほか、到る所に哲学に由来するユニー
                       クな名前の坂や橋などが点在し、井上円了の思想と世界観を垣間見ることができる。
 
                        ―― 先ず「哲理門」を入る。人々はここを時空岡と言ったとか。門の両脇にはそ
                       れぞれ心の世界の不思議を著わす幽霊と天狗の木造が置かれ、別名「妖怪門」と言わ
                       れているとか。
                        私は左手の「四聖堂」に進み、四師を排した。東洋哲学の孔子、釈迦、西洋哲学か
                       ら古代西洋のソクラテス、近世西洋のカント、が井上円了の最も影響を受けた哲学者
                       四聖として祀られているのである。
                        当初はここを"哲学堂”と呼び、公園名の起源と言われる処である。
                        堂内中央には「南無絶対無限尊」と刻んだ石柱、「唱念塔」が置かれ、”哲学は宇
                       宙の真理を生涯かけて究明してゆくこと”を示しているのだという。天井からは「球
                       燈」が下がり、これは心、即ち精神を表し、その下にある「香炉」は、物即ち物欲を
                       示し、物欲から立ち上がるすす「煤(すす)」で、心が穢(けが)されても、修養を
                       積めば清浄な心を失うことはないことを示しているという。
                        小生は、ときに哲理、思想も形式を整えるに通づるようにも、と感じながら――佇
                       むのであった。

                        次に向かったのは「六賢台」である。
                        木造三層、六角形で、東洋の六賢人として、中国から道教の代表者としての荘子、
                       朱子学の創始者である朱子、印度から仏教を体系化した龍樹、バラモン教の数理哲学
                       の開祖である迦比羅仙、日本から仏教の普及に寄与した聖徳太子、中世の学識者とし
                       て菅原道真が祀られている。又、井上円了が各地で蒐集した石器、陶器や沢山の寺社
                       仏閣の守り札(写真)が飾られていた。

                        石段を上がった丘の上にある「三学亭」は、日本古来の神道、儒教、仏教の中から
                       著述の多い碩学たちが祀られている。
                        神道は平田篤胤、儒教は林羅山、仏教は釈凝然が選ばれている。建物は三角錐の築
                       山の頂上部分に三角錐の屋根を三本の柱で支える構造の小亭として建てられ、天井の
                       三面には、三碩学の肖像を描いた石額が置かれ、その中央から[神・儒・仏]と刻ま
                       れた三角錐形の石造物が吊るされていた。

                        その他円了の蔵書を中心とした図書館的な建物「絶対城」、円了の講話や講演会を
                       行なった「宇宙館」、円了の世界旅行や全国巡講の時の蒐集品を展示したり、2階に
                       は円了の書斎も残る「無尽蔵」、他にも幾つかの由来の建物があって、敬意の中に身
                       を置くことが出来た。

                        現代に在って古来碩学の道に心を傾けるには格好な処である。

                        かなりの時を過ごしたので、妙正寺川沿いの公園に下りて、再び中野通りを中野駅
                       まで歩いた。
                        ゆったりとした久し振りの東京楽歩であった。

                                                                    風次郎

    
六賢台

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