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風次郎のColumn『東京楽歩』 (No658T−167)
晩秋歩行
国立 学園大通りの銀杏
毎年のことながら、この季節、陽の当たる午後になると、家から坂を下りて国立の
学園大通りをすっかり色づいた銀杏を眺めつつ歩くようになった。
秋の終わりを確かめるには格好の散歩道だ。
陽は一年で最も短い時期であるが、西に傾きつつ射し来るこの頃の陽は、柔らかく
すっきりとした風情を伴っている。
大通りの銀杏は、夏の強烈な陽を遮った逞しい勢いを見せまいとするかの優しい印
象で、美しく輝く黄色の葉を陽に晒している。
時がたてば、
数日のことで、
寒さを連れてくる風に散り落とされた葉が、芝生や舗道をまで一面の黄にしてしま
い、冬への衣替えを見せしめる展開をするのだ。
銀杏の黄葉はそれでも割合長く続くから、それを眺めて過ごすほうは、「そう慌てな
くてもいいのだ」と、
穏やかな足取りで眺めて歩く。
終わりには、太いまっすぐな幹に残っている茫々とした枝が冷気の青空を霞める時
がくる。が、
まだ、それを案ずるのは早いだろう。今年の季節感は暖かいという。
〇
陽が沈み始める前に銀杏の黄葉を離れて、崖線の上を伝う道を帰る。
そこからは、
街の家々の屋根越しに丹沢の山々が連なり、その上に白い雪をいただいた富士が、
端然と構える肩に、銀杏の葉を輝かせた陽が、落ちていくのを眺めることができる。
陽は、雲があれば、また雲を輝かせ、雲がなければより静然と、
その日の区切りを知らしめるように、大きく粛然と落ちる。
そんな時には、世界に何があっても幸せ感を全うできると思ったりするのだが‐‐‐‐‐、
何処にでも感謝することがあり、
何処にでも喜びが存在することを、
あたかも知り得たように。
風次郎
敷き詰められた銀杏
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