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風次郎のColumn『東京楽歩』  
  (No667H-050)
           
               花瓶の花・ゴーギャン(ロンドンナショナルギャラリー)     

                                                         
       東京楽歩(No667)  私的花語り(No50) ゴーギャンの画                       
                                                                

                         アートの友社と言うところで、著名な画家の作品を複製で提供している。
                         以前南天寮にミレーの収穫の画を飾りたくて調達したことがあり、そこから送られたカタ
                        ログにゴーギャンの「花瓶の花」という絵が目にとまった。ロンドンのナショナルギャラリ
                        ーが保管している画だとのこと。
                         ゴーギャンはタヒチの画が有名である。新印象派に属する彼は既定観念にとらわれること
                        を嫌い、自我を貫く思想の人、と私は理解しつつ、強烈な色合いも好きである。何年も前、
                        ボストン美術館の広いロビーで《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行
                        くのか》を観たときから、如何なる画家だったのかと、その哲学的生き方に興味を持ちファ
                        ンになった。
                         《花瓶の花》は一見、彼に相応しくなく端正な書かれ方で「らしく無さ」を感じて気にな
                        り、彼には花の画も少なかったから、こんな絵がゴーギャンにあったのかなと思いつつ、店
                        に問い合わせて見ると複製の現物があるとのこと、見に行った。確かに色合いはゴーギャン
                        だ。ロンドンのナショナルギャラリー保管も確認できたので複製を購入したのである。
                         今自室の壁に飾って毎日眺めているが、花が落ちこぼれているなど、次第にゴーギャンら
                        しさも見えて親しく感じ、気に入っている。
                         最初のタヒチから戻り、パリに住んでいたころの作品とまで分かったが、詳しいことは不
                        明だ。花瓶も背景もダイナミック、花も美しいが花は何という花かよく分からない。全体が
                         明るい陽の光いっぱいの中にあるように思える絵である。
                         再びタヒチでの生活に何かを求め、期待を抱いてパリで暮らした頃の作品なのであろうか、
                        光に満ちた背景が何とも言えない。

                         久しぶりに本棚からゴーギャンの全集も取り出して、眺めている。

                         参考、
                        1.ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(1848年6月7日 - 1903年5月8日)
                          フランスのポスト印象派の画家。

                          1848年、二月革命の年にパリに生まれた。
                          母アリーヌ・マリア・シャザルは初期社会主義を主唱するペルー人の父の系統であった。
                         共和主義者のジャーナリストであった父クローヴィスは1851年のナポレオン3世のクーデタ
                         ーで職を失い、一家はパリを離れて母の由来するペルーに向かった。しかし、父は航海中に
                         急死する。残されたポールとその母と姉は、リマで叔父を頼って4年間を過ごすことになる。
                          母アリーヌはペルーでインカ帝国の陶芸品を好んで収集しており、ポールの芸術に対する
                         意識に影響したと言われる。ポールが7歳の時(1855年)、一家はフランスに戻り、父方の
                         祖父を頼ってオルレアンで生活を始めている。

                          ポール・ゴーギャンは、は株式仲買人としての仕事を始めた1873年頃から、余暇に絵を描
                         くようになった。カミーユ・ピサロと知り合い、日曜日にはピサロの家を訪れて庭で一緒に
                         絵を描いたりしている。
                          この頃、フィンセント・ファン・ゴッホとその兄テオが、ゴーギャンのマルティニークで
                         の絵を見て感銘を受けたことが切っ掛けで、1888年、ゴーギャンは、南仏アルルに移ってい
                         たファン・ゴッホの「黄色い家」で、9週間にわたる共同生活を送っている。しかし、2人
                         の芸術観はまったく噛み合わず、関係は間もなく悪化、ゴッホの耳を切る事件ののちゴーギ
                         ャンはここを去る。

                          ゴーギャンは、やがて、ヨーロッパ文明と「人工的・因習的な何もかも」からの脱出を目
                         論んだ考慮の期間を経て1891年4月タヒチに渡る。パペーテやパペアリで過ごすが、ゴーギ
                         ャンの傑作の多くはこの時期以降に生み出されたといわれている。

                          1893年8月、ゴーギャンはフランスに戻り、1895年6月28日、再びタヒチに向かう。
                         到着後は、最初の6年間をほとんどパペーテ周辺で暮らしたのち、終生の地となるマルキ
                         ーズ諸島の政庁があるヒバ・オア島のアトゥオナに住んだ。
                          ゴーギャン死亡の報は、1903年 8月23日までフランスに届かなかった。彼の墓はその島の
                         カルヴァリー墓地にある。

                          西洋絵画に深い問いを投げかけたゴーギャンの孤高の作品群は、次第に名声と尊敬を獲得
                         して現在にある。近代都市パリと熱帯の島タヒチの間で野性を求めたゴーギャンは、人間の
                         存在を問い、西洋の芸術を変えようとした。西欧文明を否定するダダとシュルレアリスムが、
                         ゴーギャンの問いを継承したとも言えよう。

                         2.ゴーギャンの作品《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
                          ボストン美術館に蔵されるこの作品は、1897年長女アリーヌの死を知り衝撃を受けた彼が、
                         目の感染病、足の傷の合併症、湿疹、梅毒を患い、孤独のなかで描いた大作である。
                          その後、自殺を試みたが未遂に終わる。1901年タヒチ島を出航し、フランス領ポリネシア
                         の最果て地、マルキーズ諸島のヒヴァ・オワ島へ野性を求めて移った。「逸楽の家」を建て、
                         死の間際まで制作し、1903年3月55歳で死去した。

                         3.ポスト印象派(後期印象派)
                          ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなど、厳密な形態の復活、原始的な題材や激しい色彩の導
                         入などの独自の特徴を生み出し、20世紀美術のさきがけとなった。

                                                                      風次郎

    
  《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
ゴーギャン(ボストン美術館)  

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