見事に咲いた白梅(230228)「花言葉・気品」
                                                                  

                                                                   Music by Music Cafe-Megumi Ichihara
                                                                    (挿入曲 モーツアルト ソナタK331)

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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No727(A079)
 

                               「より良く人生を生きたい」
                              これは誰もが望むことだと思う。
                               しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
                              ののようにも思う。
                               だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
                             
                               風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
                               そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
                               どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。

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                                                     2023年3月1日
  79 「共感」
                                                    風次郎
                                                  yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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                             「共感」とは、他人の気持ちや感じ方に自分を同調させる資質や力を意味する。
                             それは他人の感情や経験をあたかも自分自身のこととして考え、感じ、理解し、それ
                            と同調したり共有したり出来るからであろう。
                             その結果、人は他人のことをより深く理解することができ、進展するのだと思う。
                             「共」を用いた言葉は共感にとどまらず、「共有」「共生」「共同」など多くがある
                            が、先ず「共感」は、日々の生活をしていくうえで、そのベースを整えるために大切な
                            心がけにしたい言葉である。

                             「共感を覚える」という表現には、他の人と同じように感じる様子、心を動かされる、
                            同情させられる、などといった意味である。
                             「共感」というのは他人の考えや主張に全くそうだと感じることを指しており、覚え
                            るというのは他人の考えに同意することを指すのだとのこと。相手の喜怒哀楽の感情を
                            共有するという意味で、例えば誰かが悲しい思いをしている時、その状況を理解して自
                            分も同じく悲しい感情を持つとき、「共感を覚える」という表現が使えるのであろう。
                             人と人がお付き合いをしていくうえで「共感する」とか、「共感を得る」ということ
                            は一つのキーワードだと思う。お互いに「共感」があれば先ず雰囲気は穏やか、和やか
                            に保たれるであろうから。
                             人生いろいろな場面でこの言葉に出くわすことの大切さを思う。
                             共感が得られたということは、思いやりに通ずるのである。

                             「共感」を問う言葉はいろいろな場面に使われている。

                              あなたの気持ちに共感する。
                              彼の考えと気持ちに共感する。
                              この歌詞にすごく共感する。
                              その言葉に共感した。
                              私はあなたの考え方に共感が持てる。
                              私はあなたの言う事にとても共感します。
                              私はその話に共感できない。
                              彼らがその映画に大いに共感しただろうと思う。
                              私は彼の考えには共感を持ちました。
                              私もそれに共感し、納得した。
                              私も彼の考えに共感し、納得した。

                                                         *

                              他人の気持ちを感じ理解するのは難しい。実際に共感によって他人の感情がわかるの
                             か、は永遠の謎である。論理的には、他人の感情は他人のものであり、それを確認する
                             方法は実在しない。
                              「共感」は、20世紀初頭、ドイツの哲学者リップス(Lipps,T.)が、芸術に心を揺
                             り動かされる(美を享受する心の感動)プロセスEinfühlung(感情移入)の概念を用
                             いて説明し、「共感」を、心の中で他人と自分を融合する心理学概念として広義にとら
                             えたと言われている。その後、アメリカでempathy(共感)へと訳されているが、類似
                             した用語であるsympathy(同情)は、悲痛や失敗など困難な経験やネガティブな状況に
                             ある他人を心配する感情に限定されるということで、ポジティブな意味合いでも用いら
                             れる「共感」とは区別される。

                              中国の古典『荘子』知魚楽編には、橋の上に立って魚を見て「あれが魚の楽しみだ」
                             という荘子に対して「君は魚でないのに、なぜ魚の楽しみがわかるのか」とくってかか
                             る恵子の姿が描かれている。
                              論理的には恵子の言葉に反論するのは不可能であるが、にもかかわらず、共感は感情
                             を共有する方法として機能していると言って良いだろう。

                                                         *
 
                              しかし、たとえば俳優は偽りの感情を創造することで観客の共感を引き出すことが可
                            能であり、俳優は演技により、架空の人物と自分自身の共感性を高め、偽りの感情を本
                            物に近いものにすることもできる。実際には感情そのものを本当に共有しているとは言え
                            ない点は否めないが――。

                             共感を得て仲良く暮らすということは、良いことだ。
                             Happyな人生に「共感」は欠かせない。

                                                                         風次郎

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