我が家の玄関先に咲いた白梅と紅梅
Music
by Music Cafe-Megumi Ichihara
(挿入曲 モーツアルト ソナタK331)
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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No705(A067)
「より良く人生を生きたい」
これは誰もが望むことだと思う。
しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
ののようにも思う。
だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。
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2022年3月6日
67.驚く
風次郎
yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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しばらくぶりに安岡正篤師の「百朝集」を開いた。
その最初のページ(1・)は「我」であり、西行法師の歌から始まっている。
世の中を夢とみるみるはかなくも猶おどろかぬわが心かな (山家集)
この項は正篤師自身が自分を知ることを心掛けようと、百朝の戒言の冒頭に掲げたので
あろう静善とした感のページと思う。
師の願いはおおそれた人間になることでもなく、改革者や理想社会を実現することでも
ないとし、國木田独歩の「牛肉と馬鈴薯」になぞらえて、結局それは「びっくりしたい」
という願いだ。と語っているのである。
すなわち、人間は段々驚かなくなり、純真熱烈に感じなくなり、何処かが麻痺してきて、
善にも、悪にも何ともなくなって平然と暮らすようになってくる、というのだ。
だから、そうありたくないと――。
大上段に構えることはない。素直になりさえすれば。
「驚く」ということは、平静な心の中にハッとする新鮮な刺激が与えられ、必然に対峙
するとか、備えるとか、心が揺り動かされる状況であろうと思う。
積極的に受け止めれば、期待にワクワクさせられる前兆と、立ち上がっても良い。むし
ろ、そうありたいこの頃である。
「我」即ち「自分」を失わないで、若々しい「驚き」の世界に入っていける魂を、抱き
続けたいものと思う。
風次郎
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