元昌平坂学問所(神田湯島聖堂)の孔子廟
Music
by Music Cafe-Megumi Ichihara
(挿入曲 モーツアルト ソナタK331)
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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No683(A061)
「より良く人生を生きたい」
これは誰もが望むことだと思う。
しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
ののようにも思う。
だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。
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2021年8月01日
61.学而自習
風次郎
yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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61.学而自習(学びて時にこれを習う)
ご存じ、「論語」を開けば真っ先に飛び込んでくる言葉です。
今年の NHK大河ドラマが渋沢栄一を取り上げ、その影響で実業界に知れ渡った彼の名
著「論語と算盤」の影響もあってか、このところ論語の言葉が語られることが多くなり
ました。小生も現役の頃から論語の勉強会に参加したり生き方について「論語」には関
心を寄せています。
昨今の世情は、政界、法界、経済界ともに、託された人々が自らを省みないで平然と
している風景が目に付くように思います。
人は折に触れ原点に返り、自らに対して向き合うことが大切でありましょう。東洋思
想はその具に適しているように思います。
論語の巻頭は学而第一から始まります。
―― 子曰く、学びて時に之を習う、亦説(よろこ)ばしからずや。
朋遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずしてチ(うら)みず、亦君子ならずや。
『子曰、学而時習之不亦乎。
有朋自遠方来不亦楽乎。人不知而不チ。不亦君子乎。』――
「学而自習」は、学問をして、その学んだところを機会ある毎に復習し練習して行く
と、学んだところがおのずから真の知として我が身に体得されてくる。これはまたなん
と愉快なことではないか。と諭しています。
論語解読の第一人者である諸橋師に寄れば、さらに、このようにして修養を積むと自
然共鳴者、又は同志の者が出来て、遠い所からまで慕い訪ねて来るようになるであろう。
これはまたなんと楽しいことではなかろうか。また自己の学習、友との切磋によって
磨かれた学問は、真の徳操(君子の意)となる。と、説いています。
凡人は凡人、なかなか君子には至らないまでも、その立ち位置を崇めることくらいは
可能だと思います。
せめて、「学而自習」「々々」と呟きつつ、修練に励みたいと思います。
――冒頭言に限らず、「論語」の教えは尊いものが多くあります。
そういった教本に限らず、時折手にする古典や近来の文芸本にも、同様に冒頭言に興
味深く感化させられるものがあることに気が付きました。
例えば、漱石の「草枕」など、――「智に働けば‐‐‐」も、小説ではありますが、
先ず読方を刺激する語りの一か所であると思っています。
風次郎
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