咲き始めた蝋梅(花言葉「先駆け」)
Music
by Music Cafe-Megumi Ichihara
(挿入曲 モーツアルト ソナタK331)
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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No663(A055)
「より良く人生を生きたい」
これは誰もが望むことだと思う。
しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
ののようにも思う。
だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。
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2021年2月01日
55.画竜点睛を欠く
風次郎
yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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55.画竜点睛を欠く
「がりょうてんせいをかく」が正しい読みです。
「画竜」は竜の絵を描くこと、「睛」は瞳のことで「点睛」は瞳を点ずるということ
です。
「画竜点睛を欠く」とは、「絵に描かれた竜に、目が描かれていない」という意味で、
せっかく上手に竜の絵を描いても、目がないのでは竜は竜にはならない。さらに転じて、
「絵に描かれた竜に目を描きいれる」ことの重要性を意味し、竜の眼を「ただの一点」、
と言い置いて、ただの一点であってもその決め手となる仕上げ「物事を引き立てる仕上
げ」を成し遂げる重要性、果ては最終段階の緊張を説いた故事であります。
その由来は、昔、中国の梁の時代、張僧ヨウという絵師が竜の絵を描き、最後に瞳を
入れたところ、竜が天に昇ったという故事からのものです。
竜の画にただ一点、この眼が描かれることの重要性をとらえた戒語であります。
如何にうまく事を運んできても、最後の仕上げに手が抜けていたら、ことが為さない
も同じ、全てが台無しになってしまうという厳しい戒めの言葉と受け止めたい言葉です。
物事のけじめ、うっかりをしないよう、フィニッシュが肝心であることを日々戒めたい
と思います。
【「点睛」を「点晴」と書くのは誤りです。】
風次郎
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