冬に艶やか椿の花

                                                                  Music by Music Cafe-Megumi Ichihara
                                                                    (挿入曲 モーツアルト ソナタK331)

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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No623(A043)
 

                               「より良く人生を生きたい」
                              これは誰もが望むことだと思う。
                               しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
                              ののようにも思う。
                               だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
                             
                               風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
                               そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
                               どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。

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                                                     2020年2月2日
  43.日に新たに
                                                    風次郎
                                                  yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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                           昨日があって、今日がある。今日があるから、明日もある。日々の繰り返しの中で人の生き方は
                          鍛えられ、かけがえのない自分として育ってゆくのだと思う。

                           「苟(まこと)に日に新たに、日日に新たにして、又日新たなり。」

                           『大学』の名言のなかでも特に有名で、今日でもよく用いられる言葉だ。端正で語調もよい。
                           古代中国、殷の伝説的名君、湯王が毎日使う手水の盥(たらい)にこの銘辞を刻んで、日日の自
                          戒とした、と伝えられる。
                           自分の体の垢をこすって落とすように、「こころ」も洗い清めて、昨日の悪習を取り除き、新し
                          い自分を磨く。それをくる日もくる日も弛まず行うこと。それは毎朝顔を洗うがごとく、心も毎日
                          新しくならなければ、と自分に言い聞かせることに他ならなかったのであろう。
                           殷の湯王はこの言葉を日に三度唱え、日日自戒につとめたと古史に記されている。

                           「苟に日に新たに、日々に新たにして、又た日に新たなり」。
                           毎日新しい心で、ということは、何にも一物も、持たない心で新しい世界に触れていくならば、
                          この世界は毎日新しいのだと――。
                           昨日と同じような太陽が出ていても、昨日の太陽と今日の太陽とは違うはずである。庭の草木で
                          も、昨日咲いた花はもう今日は別の形や輝きをは放っている。水の流れも毎日違い、今日の風も新
                          しい。自然の世界は毎日新しいのだ。
                           自然だけじゃない、われわれの体でも新陳代謝を続け、昨日の細胞と今日の細胞とは違うのであ
                          る。

                           すべてが新しくなっていくのだから、心も新しくして、昨日のことは忘れて、昨日の喧嘩も、人
                          を恨んだことも忘れて、憎いことも嬉しかったこともすべて忘れて、新しい心で今日を迎えていく
                          ということが、「人の道」というものなのだと言うことか。
                           古いところに拘っていてはいけない。「今日という日は、天地開闢以来はじめて訪れた日である。
                          それも貧乏人にも王様にも、みな平等にやってくる。そんな大事な一日だから、精一杯有意義に過
                          ごさなければならないのであろう。
                           それが本当の人間の生き方であり、正しい生き方なのだろう。

                                                         ☆
 
                           四書五経の一つである『大学』は『中庸』と並んで、元々は『礼記』の中の一篇だったが、宋の
                          時代以降に独立した書物として扱われるようになった。『大学』は成立年代も作者も不明であるが、
                          南宋の朱子(朱熹,1130-1200)によって、『論語』『孟子』『中庸』と合わせて四書の一冊とされ
                          た。朱子は『大学』を経の1章と伝の10章とに分けて、経の部分は孔子の弟子である曾子が書いたも
                          の、伝の部分は曾子以下の弟子が記録したものと考えた。
                           それとは別に、『大学』は秦・漢の儒家が後世になってから再編集したものという説もある。
                           朱子の創設した『朱子学』は、江戸幕府の徳川将軍家が国学として採用した事から封建主義社会
                          の身分秩序を支える学問というイメージが強いが、実際には万物を統御する普遍原理としての「気」
                          を仮定した高度な抽象的理論であるとされる。人間・社会・宇宙・モノは「理」の普遍原理によって
                          結合しており、君子としての徳を高める自己修養(修己)で理を把握した者が、他者や社会を統治す
                          ることができるという『修己治人』の思想が説かれている。
                           この『大学』においても、政治を司る君子が実践すべき道を説いており、その内容は『修身・斉家
                          ・治国・平天下』の儒教的な徳治主義(王道政治)へとつながっている。『大学』は、前近代の儒教
                          文化圏では学問・政治を志そうとする君子(為政者・支配階級)の必読の書であった。

                           石川島重工業から東芝再建を果たし、経団連の会長を務めた土光敏夫氏は「日に新たに」を、自身
                          の座右の銘としていたと言われる。
                                                                     風次郎

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