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ヴェネチア―2―
黒い犬を連れて、リアトル橋の上から運河を眺める少女がいた。
少女?そう見えたが、感傷的を装う女性の姿は悪くは無い。
まだ真っ暗、それでも音はいくつかある。橋の袂で、船を着けて朝の作業をする男たちの声もする。他の船が岸から投げ
られているような灯かりの中を、揺れながら川面を渡っていく。
これから朝が始まるのだ。
街の子だと思う。少なくも旅の人ではなさそうだ。声を掛けてみようかと思ったが、私はイタリア語は全くだめだから躊躇した。
少女はじっと川を見つめていて、犬はチョコンと座ったまま。毛の長い大型犬である。イタリア語はだめだが、犬は可愛が
る性質だから、犬に近寄って頭をなでると犬は素直に応じた。少女は振り向いてにこりとしてこちらを見る。
髪を長くしている。黒いズボンと赤いパッカーだった。水面を眺めていたが、憂いている顔というわけでもない。毎朝こんな
に早く散歩に出るのだろうか。まだ5時である。
「Are you a person living near hear?」
躊躇しがちに聞いてみたが、返事はなかった。私の発音は通じないのかもしれない。
返事は無くても良かった。お互いに朝の散歩に煩わしさや、余計な感情を持ち込みたくはない。
明けゆく朝の空気が流れ始める感触を楽しめることが肝要だ。
まだ灯かりに照らされた階段状になった橋の中央あたりを越えて手摺に沿って川面を見ながら対岸へ渡り切ると、その先
にあるサン、ジャコモ、リアルト教会まで歩いた。
狭い道は人気の無い殺伐としたマーケットが軒を連ねている。
広場があり、神殿にあるような石の柱で支えられた庇をつけた正面は、丸窓と四角窓を配置した古めかしいイタリアンカラ
ーの建物であった。真ん中の大きな丸窓の上に大時計、さらにその上の屋根には鐘が3つ並んでいる。
しばらく広場に立っていると、ほんの時々道行く人はあるものの、仕事に出かける風情で礼拝に立ち寄る人は無い。早朝の
礼拝堂は、大抵熱心な信者が朝の礼拝を捧げてそれぞれの一日を祈る風景を作るものである。まして長い歴史の道をたど
る商都でもあるヴェネチアの中心街にある教会にその風景を予想することは難くない事だと思っていた。
私は正面の扉を押してみた。しかし古めかしい厚い扉は開かなかった。いくつも扉があるわけではない。通用門はあるだろ
うが、信者用の別の出入り口があるようでもない。
商都の教会は開放されてはいなかった。国際観光化された現代では信仰の世界にも少しづつ制限が広がっているのだろう。
信仰は地域に生まれ、庶民に広がりやがて世を制するまでになったのに、庶民の自由の中には存在し得なくなるのである。
ここにもその垣間を見たように思う。
リアトル橋の上にいた黒い犬を連れた少女はもういなかった。運河を行く船の数が少し増えたように感じながら橋を降り、ま
だ暗さの残る街の小路をいくつも曲がって朝のサン、ピエトロ広場に出る。
鐘楼を隔てて広がるサン、マルコ運河に霧がかかり、その中を大型の観光船がゆっくりと進んでいた。広場には清掃人の姿
が散らばり、世界から訪れる今日の日の観光客を迎え入れるヴェネチアの朝が始動している。
時計塔の6時の鐘が鳴った。
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