☆☆☆

風次郎の世界旅
 イタリア2007
(7)

music by KASEDA MUSIC LABO

   
    スカラ広場のダヴィンチ像

イタリア2007春(7)

ミラノからヴェローナへ

           7時には朝食を済ませ、7時半にはバスがスタートした。
           時間が早いのは、レオナルド、ダ、ビンチの「最後の晩餐」を観賞できることになったからである。そのためこの絵のあるサンタマリア、
          デル、グラツイエ教会へは早朝と午後の2回足を運ぶことになったので日程調整がどうなるだろうかと気をもんだ。しかし、新家さんは
          見事に差配して予定を消化、頼もしい限りに思った。
 
           私は朝の組で「最後の晩餐」を観た。(「最後の晩餐」は既、別記)

           そのあとバスで移動して「スフォルツエスコ城」へ入った。ルネッサンス様式の代表的な建物ではあるが、ゴチックの要素を残すという
          建物のかどに設計された円柱風のデザインが美しかった。それになんとも敷地が広く、練兵場に使われていたという中庭の、芝生の緑
          が朝の気分にマッチして清々しかった。
           城は古き領主の森、47ヘクタールの「センピオーネ公園」へと続き、ミラノ都市設計の中軸である「センピオーネ通り」がフィレンツエ
          広場へと導く。
           優れた構想がもたらしたのであろう、もうひとつの中核である「ドオウモ」を中心とした同心円状の都市設計と共に歴史を築く構想力に
          は感嘆してしまう。
           城は今博物館となっているが、今回の事情では「最後の晩餐」と引き換えに「ブラレ絵画館」と共に入場は割愛せざるを得なかった。

           スカラ座の前、スカラ広場でバスを降り、いよいよミラノ大聖堂「ドウオモ」へ向かう。広場に立つレオナルド、ダ、ビンチの立像の背
          景のように広がる美しい3階建ての市庁舎はマリーノ宮という元は宮殿とのことである。その向かい側からドオウモ広場に至るまでが
          ヴィットリオ、エマヌエルU世のガッレリアである。高い3階建ての建造物にかけられたアーケードはミラノの社交場とも言われるそう
          で、床(道路)から壁、天井に至るまでバロック、ルネッサンス両様式の独特なものとのことである。アーケードが十字に交わる中央で
          はミラノから東西南北にあたる米、中国、アフリカ、北ヨーロッパを表わしたフレスコ画が珍しかったし、有名店街の中にはこのアーケ
          ードの品位を守るためにカラーを変えているというマクドナルドがあって、みんなで苦笑した。

           アーケードを抜けるとドオウモ広場だった。広場の向こうに108.5mの尖塔を誇る壮大な「ドオウモ」が姿を現した。しかし、残念な
          ことに最も期待した正面を隠すように修繕工事のためのシートが掛けられていたのである。
           正面扉の5枚のブロンズ彫刻も見ることはできなかった。聞かされてもいなかったし、また聞かされたとしても文句も言いようが無い。
          が、悔やまれた。
           しかし、ミラノに来ては何といっても「ドオウモ」である。
           ゴチックの天を突き刺す尖塔から堂々たる風格の1階扉までを見ることができる場所が新家さんの案内で紹介され、先ずは息を飲
          むほどの高さを見上げた。縦の線状にデザインされた外壁はレース細工にも例えられるとおり陽に輝いていた。
           圧倒されながら、長い建物の1辺を歩きつつ見る沢山の彫刻も繊細であった。またそれぞれの尖塔にはそれぞれ人物像が配され
          ている事も驚異であった。
           そして聖堂の中に入る。
           天井の大きなアーチと堂々たる太い柱が神聖な礼拝堂に荘厳さをもたらしている。カラフルに描かれた床の模様と、後陣の大きく高
          いステンドグラスがとても印象に残った。

           ドオウモ広場は時間と共に国際色豊かな人々でごった返してきた。エマヌエル、アーケードに出入りする人の流れと広場に時を過ご
          す人々や、そこに繰り出した屋台のみやげ物店が作る雑踏であたりは騒然としていた。しばらくみやげ物を物色したりアーケードの有
          名ショップを歩いたりして広場の雰囲気を味わった私たちは、ドウオモの脇の小道を歩いて1軒のイタリアンギフトショップに寄り
           「Golden Gate Bridge」というリストランテでの昼食に案内された。

           旅は道ずれである。安江さんという私たちより少し若いご夫妻と一緒のテーブルに着いた。何と八王子からの参加の方々だったとは
          グループの仲間では最もお近くだと、奇遇を話題に楽しい昼食時を過ごした。メニューはサフランの黄色をあしらった伝統的なミラノ風
          リゾットにハムを添えてあった。
           早朝から歩き詰めだったせいもあって、グラスのワイン1杯に少し酔いさえ感じたが美味しくいただけて良かった。

           「最後の晩餐」を午後の一番に見学予定の組が残っていたので、もう一度サンタマリア、デレ、グラツイエ教会へ寄り、私たちはその
          間教会の売店で記念品物色をしたりしてミラノの予定を終了しバスはヴェローナへ向かう。
 
           途中街道沿いの日本人が経営するというみやげ物店へ寄った。イタリア土産にする食料品やヴェネチアングラスなどが置いてあった
          が、私はそこで今回の旅でも是非買って帰りたいと思っていた皮製のブックカバーを探し当てた。
           前に来たときローマの空港で見つけて数枚を買ったが、気に入って友人がローマ空港に立ち寄るときは是非にと頼んで買ってきても
          らっていたが、ここ数年ローマの空港では見つけられないようであったから、同じものを発見したときは、まさかここで見つけられるとは
          と驚いた。皮の表面加工が改善され、2種類のデザインと、色も茶色だけでなく黒もあって得をした気になった。

           ヴェローナは城壁内が世界遺産の町だ。
           私たちはアディジェ川辺のバス駐車場からジュリエッタの家とアレーナを歩いて見学した。
           中世からそのまま伝わる狭い通りの街並みは、古都に語られるロマンティックなシェークスピアの物語を想い起こさせるに相応しく、
          薄暮を迎えようとする古いアリーナの壁を見渡すプラ広場にも往時を偲ぶ素晴らしさがあった。
           アレーナは今でも毎年世界的なエンターティナーによる公演を開催している由で、最近実施された模様のポスターボードが立っていた。
           その写真に写った夜の古式舞台の様子は実際には想像を絶するものであろう。
           市役所の前を通り城壁に沿って新緑の舗道をしばらく歩けたのは貴重な時間だったと思う。優しい古い町の印象と共に思い出す。

           ヴェローナを発ったのは5時を廻っていた。街道は夕方の混雑時間に入り、ところどころで渋滞にあった為、ヴェネチア到着は予定
          より1時間以上も遅れてしまった。島にかかる橋を鉄道と並行して渡る頃は、遠方に浮かぶ点々とした灯かりが数を増して海に映り、
          波に揺れて煌き始める夜のとばりを迎えていた。
           「憧れのヴェネチアだ!」と思った。
           全く車の交通手段を使わないというヴェネチア本島のローマ広場にバスを降り、ミラノのマルペンサ空港からお世話になった女性
          運転手ダニエラさんと手を振って別れ、ヴァボレットに乗り込んでサンマルコ広場のある河岸へ向かった。 


ヴェローナのアリーナ

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