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(2)ダヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロその3
――「ヴァチカン美術館」――
ルネサンス3大画家は絵画だけでなく建築にも優れた才能を発揮していたようである。中でも私はミケランジェロには建築家、
彫刻家としての作品に惹かれる。そもそもが10年前始めてヴァチカンのサン、ピエトロ寺院に入ったとき、その建物の荘厳さ
に圧倒され、そこでまた、彼の「ピエタ」を観たことに起因している。
フィレンツエではミケランジェロの丘でダビデの像(高い台に乗っているコピー)を眺めてきた。
ローマでも勿論、彫刻分野の観賞も期待するものが大きかったのであるが、今回はそれに加えてシスティーナ礼拝堂で観る、
彼の真骨頂といわれる「最後の審判」の壁画を観る事に期待を高めていた。
前にヴァチカンを訪れたときは、ミケランジェロに圧倒されると共に、丁度クリスマス前の行事の頃で、サン、ピエトロ寺院のミ
サに遭遇し、その強烈な印象に没頭して、システィーナ礼拝堂のほうへ廻る余裕がないままローマを発ったのであった。
今回のツアーではあらかじめ「最後の審判」観賞を確かめて参加した。
ローマへはナポリから到着、見学は翌日の土曜日。丁度イースター祭典の前日とあって、ヴァチカンは大勢の人が各国各地
から集まっての混雑であった。
ヴァチカン美術館も早朝から長蛇の列で、優先的に入場との団体入り口も私たちが到着した8時頃には300人を超える列が
出来ていたほどだ。
入り口から塀の中に入ると中庭でパネルによる説明を受け、博物館のいくつかのギャラリーを廻った後最後に、サン、ピエト
ロ寺院に接するシスティーナ礼拝堂に入るルートの列に従った。
ミケランジェロの「最後の審判」は照明の少ない礼拝堂の壁一杯に描かれている大作である。場内はすでに観賞を求めてや
ってきた人々でぎっしりであった。
画の出来栄えを云々してみても始まらない。おおきな宗教の壁画である。壁一杯に描かれたさまざまな次元の、神によって
生かされている姿の図である。
敬虔に教会を訪れる悩み多き人間は、優れた画家の描き出した来世図によって敬虔な思いをさらに深め、信ずべきものを呼
び起こしたに違いないと思って観た。
そしてまた天を覆うがごとく天井一杯に繰り広げられたさまざまな旧約聖書の殉教の図にも圧倒された。彫刻家のミケランジェ
ロが無理な姿勢を続けながら4年間かけて、完成させたものである。
「最後の審判」は、この天井画が描かれてから24年後60歳を越えてからのミケランジェロが、450日かけて仕上げたものと
のことである。
両者とも偉大というほかの言葉は無い。
しかし一方で、ミケランジェロは建築や美術にその偉大な才能を認められたが故に、権力からの要請も多く、彼の魂は苦悩の
多いものであったのである。
「ピエタ」の作品には法皇に対抗してシニョリーア広場(フィレンツエ)で処されたサボナローラへの哀悼が秘められているとか、
「最後の審判」は大天井画を完成させて24年間の歳月の後、教会の荒廃を嘆いたミケランジェロが、その感情を作品に託そ
うと怒れるキリストを描いたともいわれる。
大作家にあっても、自己の主張に関する自由は控えめな抵抗でしか表わし得なかったのであろう。
ルネサンスは起こるべきして起こり、宗教改革へと進んだのである。
ヴァチカンでは時の過ぎるのがいつも早い。
ヴァチカン美術館入り口の大混雑
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