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(2)ダヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロその2
――「ウフィッツ美術館」――
フィレンツエではウフィッツ美術館を訪ねた。ウフィッツにもダビンチがあるが、そのうち「受胎告知」は日本の上野に来ていて
現地には不在、それよりも私はボッテチェリーの「春」「ヴィーナスの誕生」を観るのが楽しみだった。華やかで色鮮やかな、大
きな画面をしっかりと鑑賞したいと思っていた。
ウフィッツは今でこそ美術館であるが、「オフィス」の意だそうである。ルネサンスに入りすでに地域行政が各地キリスト教会派
に委ねられていた中、シェナにあってフィレンツエを統治したコシモ1世が建て、フランチェスコ1世がメディチ家所有の美術品を
収めたことに始まる。
さすがにボッテチェリーの部屋は人気があり「春」も「ヴィーナスの誕生」もやっと近づいて観るといったところだった。
世の中の人々は、皆ここに集まって観るようにほのぼのとした世界を望んでいるのだろう。私もこういった心が和む明るいテ
ーマの作品が好きだ。
ルネサンス3大画家の一人ラファエロの肖像画は、ダヴィンチやミケランジェロに比べて力が弱いとの評があるが、同じように
思う。しかし、むしろその優柔さを私は好ましいとも思う。殊に聖母の肖像は彼の作品が良いと思う。このツアーで後日たずねた
ヴァチカンにはラファエロの間があり、そこでも何点かのラファエロ作品を観たが、ウフィッツの26号室にあった代表作「びわの
聖母」は人の波の中とはいえ、とても強烈な印象を受けた。彼の作品には父親譲りの詩人の魂が漂っているのだろうか。
ウフィッツでは部屋の絵画を観て巡るだけでなく、回廊の隅々までたくさん展示された伝説の神々や英雄の彫像の中を歩いて
いくようになっている。美しき作品たちが、さまざまな時代の波を浴びつつ通り抜けてきた歴史の道を、人の歴史の異様さを、つ
くづくと感ずるのであった。
しかしまた、この優れた作品群の陰には時を圧倒的に風靡した富豪の資産や、強大な権力の存在があったのである。
メディチ家は、ルネサンス期に全域にわたって金融勢力を拡げ、政治的支配をも持余すほどに至った政商である。政権と結ぶ
ことによって、富を守るための勢力争いは自ずから宗教との対立を招くこととなったのである。
長い歴史の流れのなかで、すでにイスラムとの対抗を余儀なくされた、時のローマ教皇にとっても富との結びつきは欠くことの
できない状況であったからである。
歴史は、「富は結果的に支配者の争いの具に発展することになり、いつかは滅びること」を証明している。
しかし、そこからもたらされた芸術は、心ある社会の良識によって、優れたものこそ永遠に伝えられるのだろう。ときにその所有
を巡っての争いをもたらすこともあるが。
ミケランジェロ広場にダビデ像(レプリカ)
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