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風次郎の世界旅
 イタリア2007
(2)

music by KASEDA MUSIC LABO

   
    「最後の晩餐」があるグラツイエ教会の食堂

イタリア2007春(2)

(2)ダヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロその1
   ――「ダヴィンチ=最後の晩餐」――

            歴史上、過去の大きな戦いは、皆宗教に起因した根があるように思う。背景に宗教の影響することが、深刻な事態を招くという
           ことは、本当は宗教の掲げるヴィジョンとは違うのであるが、いったいどうしてであろう。
            私は、宗教が政治への干渉に加わることは平和が乱れる最大の原因だと思っている一人である。特にヨーロッパの歴史をた
           どれば、ローマ帝国の滅亡だけでなく、古くはエジプト、スペインひいては近世の大英帝国崩壊にも宗教上の争いが下地になっ
           ている。現代でも、国教を持つ国もあるし、自由の大国米国の選挙にさえ、必ず宗教集団が決め手に登場することを思えば、宗
           教への関心は高まるばかりである。
            そして、だからこそ、その観点からも宗教美術を鑑賞することに、また違った興味、感情をもつのである。

            今回の旅では、イタリアルネサンスの3大芸術家を確かめて歩いた。時代を支配したキリスト教が、その勢力によって、宗教芸
           術をまで支配した時代の贅沢な作品群がある。
            その作品の後ろに潜んだ宗教による権力の争いが、芸術家の真の表現を歪めているとしたら、あながち世評だけで観て通りす
           ぎるわけにはいかない。
            極めて豪華に、整然と完成された宗教芸術は、民衆に指針を示す道具以外の何物でもないといったら、おそらく言いすぎであろ
           う。が、製作技術のレベルや、出来映えの高価さではすべてを測れないことも、真摯な歴史の旅人はすぐに感じてしまうのである。

            ミラノからのルートだったので、先ずダヴィンチの「最後の晩餐」を観ることであった。折からの「ダヴィンチコード」が世界的ヒット
           した余波を受けて、サンタマリア、デレ、グラツイエ教会の修道院にある壁画の人気は絶大で、出発2週間前には添乗員から、残
           念ながら切符が取れないのでブラレ美術館に変更することを了解して欲しい旨連絡があった。「さもありなん」とこれはあきらめる
           しかないと思っていたところ、前日になって切符が手配できたと再度知らされて、楽しみは倍加した。
            作品保護のため1回の見学は20人づつで15分、やっと確保できた切符は朝の8時30分一組と、のこりは午後1時30分との
           ことであった。旅行社の現地担当の奮闘の結果が如実に感ぜられた。
            私たちは市内観光の手はずを調整して、半分づつが待ち時間を売店で過ごし貴重な見学を果たしたのである。 
            新約聖書の中で伝えられるイエスが処刑前夜の晩餐の席で、反逆者ユダを指摘するこの絵は、描かれているのが食事の場で
           あることから、そして弟子への教示の場面であることから修道院の食堂に掲げられているものが多い。13世紀になってこのテー
           マは各地で取り上げられ、その後美術的表現が競われるようになった。
            フィレンツエのサンマルコにも、このダヴィンチ作と同じように弟子たちがイエスを囲んでテーブルに座った構図の壁画(ギルラン
           ダイヨ作)があるが、ここグラツイエ教会のダヴィンチの画はイエスが中央に弟子たちと横に並び、正面を向いている。罪人ユダを
           指摘する体位、一点透視図法の緻密な使い方など、全般の構成が数学者、建築家でも才を振るったダヴィンチらしく見事に描か
           れているということだ。
            それにダヴィンチは作業時間の制約を嫌い、写実的な絵画とするために重ね塗りは必要不可欠であることから、完全に乾いた
           壁の上にテンペラ画の技法で描いたとのことで、作品はフレスコに比べて保存に弱かったようである。
            また、グラツイエ教会のこの食堂はナポレオンの時代には厩に使われ、大戦では爆撃も受けたことにより、激しく傷んだ。近年
           世界遺産にも登録され、修復作業により明確な画像を目にすることが出来るようになったが、中央部イエスのテーブル下がナポ
           レオン以前に出入り口として削り取られた跡があるのは少々切ない。

            美しく甦った色はそれだけで世界の宝物の雰囲気があった。ただただ胸に焼きつける努力を惜しまず、一生懸命説明に聞き入
           って観た。
 
            鑑賞ツアーの第1日目に見る、サンタマリア、デレ、グラツイエ教会も朝の静かな時間に眺め、内部の丸いドームに入りくる光の幻
           想的なようすを見ることが出来てよかった。ミラノにおけるルネッサンス期最大の建物とのことであるが、ミラノはドウオーモがあまり
           に有名で壮大である為かこの建物は小さな珠玉の印象を受けてしまった。
            ルネサンスのミラノはスフォルツア家が支配した。平民から軍に身を起こし、ナポリやローマ教皇のために戦って名門となった家
           系である。
            ミラノ公の娘と結婚してミラノ公となるが、結局最後はナポレオンに敗れるのである。スフォルツア城などミラノにはスフォルツア家
           に由来する建物、収集物が多い。 


世界遺産「最後の晩餐」入場口

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