☆☆☆

風次郎の世界旅
 イタリア2007
(18)

music by KASEDA MUSIC LABO

   
   花を飾り人で埋まったスペイン階段

イタリア2007春(18) 
ローマ ―2― 終章

            イタリア滞在の最終日になった。前回のローマで強烈な印象を持ったバチカンのサン、ピエトロ寺院と、続きに在りながら割愛
           して帰ったシスティーナやバチカン美術館は、今回の旅の最も期待の大きかったところだったから胸を膨らませていた。
            土曜日、また丁度イースターの前日が重なって、混雑が予想され、早めにバチカン美術館に到着するため朝食は6時30分
           に設定されていた。
            朝食は毎日ほぼ同じようにハムとチーズをいただき、コーヒーを飲みながらパン2個を食べた。ホテル、サンティーナの朝食
           ではスクランブルエッグが美味しくて2朝続けて食べてしまった。

            バスは8時にホテルを出た。バチカン美術館(博物館)の前はすでに人の行列が出来ていて、順番を確保するために駐車場
           から入り口への階段を走る人も見えた。団体は入場口が別になっていて20分ほど待ってサン、ピエトロ寺院のクーポラが見え
           る中庭に入ることが出来た。
            イタリア人の現地ガイドが、中庭の館内説明用に立てられた看板を指差しながらしてくれた見学のための説明が解りやすかった。
            今回はシスティーナ礼拝堂に入ることを主眼にしていたため、館内は18世紀から17世紀、16世紀とさか登って通り抜けるよ
           うに見学し、最後にシスティーナ礼拝堂に入り「最後の審判」を観るようにルートを歩いた。(最後の審判見学は、イタリア(4)ダヴ
           ィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ―その3参照)

            サン、ピエトロ寺院の広場は、翌日の祭典のために広場一杯椅子が並べられ、寺院正面には花飾りが施されて朝陽を浴びて
           いた。気持ちよく晴れた朝だった。
            システィーナ礼拝堂から狭い通路を抜けて寺院の正面に出、階段を上って聖堂の中へ入っていった。
            入り口のすぐ右手にあるミケランジェロの秀作「ピエタの像」には前回感銘を受けたものだが、再びしっかりと観る事が出来た。
           この作品には見る人を恍惚に導く威力があるように思う。若きミケランジェロ25歳の作品と思う度に、作者に関しても「栴檀は双
           葉より青し」の言葉を思い出す。
            院内を一巡して、長い年月多くの人々の手によって現在の形を残すに至った寺院の歴史を噛み締めながら外に出ると、椅子
           の並べられた丸い広場の空いた部分は、今日の参観者ですっかり埋まっていた。明日はイースターの式典の模様が、ここから
           世界に伝えられるのである。

            サンタ、マリア、イン、コスメディアン教会は「真実の口」レリーフで優名になって観光ツアーに欠かせないようだ。私たちの市内
           観光ルートにも含まれていた。
            わたしたち二人は、前回そこからそう遠くないテレベ川の辺に宿を取ったので、初体験ではなかったが、嘘つきにならないように
           今回も列に並んで壁の口に手を入れてきた。何と待つための行列は50分の長さになっていた。
            コロッセオからトレビの泉を見てスペイン階段まで歩いた。
            コロッセオは修復がずいぶん進んだ様子と思った。
            トレビの泉では水辺に近寄れないほどの大混雑の中で物乞いが真ん中に座って活躍しているのが目立った。ここもスリの活躍
           場所で有名だが、どこえ行ってもイタリアは何か他人の抜け目を狙った悪業の多いのが気になる観光地ではある。
            スペイン階段も世界中から集まった、とわざわざ言いたいほど、いろいろな国からの観光客で溢れていた。ここもイースターを
           祝って階段の中央が美しく花で飾られていた。その周りに陣取った学生たちが声を合わせて歌っていたが印象的だった。若者は
           すぐに隣人と打ち解けて、共に行動ができるものだ。羨ましいと思った。
            わたしとはなは一緒に、座っている人たちを避けながら、前回と同じように階段を一周した。階段の上、トリニタ、ディ、モンティ教
           会からした下を眺めると、コンドッティ通りの方まで人で埋まっていた。
            スペイン階段のすぐ脇に日本人のアルバイトが必ずいるみやげ物店があったのを思い出し覗いてみた。狭い入り口から中に入
           るとやはり10年前と同じような飾り付けであり、日本人の若者が対応に出てきたので、懐かしかったり何となくホッとした。少し思
           い出話をして若者と別れた。
            その少し先には気の利いたレストランテがあったはずだった。そしてその隣には、こちらはざっくばらんなビヤホール風のバール
           があった。どちらも以前と変わらぬ風に開店していた。あの時は夜も昼もこの近辺で食事をしたことを思い出し、店に入る度に戸
           惑ったことや、膨大な桁数になるリラの勘定に悩まされた思い出をはなと話しながら歩いた。
            今回の昼食は少し雑踏を離れた場所にあったピザの店に案内されたが、場所も名前もよく思い出せない。大きなピザの味もよく、
           前菜に出た野菜が美味しくて沢山食べたことは覚えている。

            午後は三越でみやげ物を調達するための買い物時間が設定されていた。私は買い物ははなにまかせて近くを散策して過ごした。
            共和国広場から、下りながらナポリ広場に通ずるナツィオナーレ通りに入ったところにある三越の店を出て、私はワンブロックを
           下り、右へクワトロ、フォンダーネ通りを歩いた。
            丁度国防省の裏手に当たる道で、9月20日通りと交差した先は、トンネルでバルベリーニ宮殿の下を抜けてバルベリーニ広場
           へ通じている。そのトンネルの上まで上がってクィリナーレの大統領官邸まで行ってみた。
            9月20日通りは市街地の幹線に当たるので、車の往来がかなりあったが、このあたりは大きな公共施設のある緑地帯になって
           いて、舗道を散歩するには格好なところだったと思う。
            再びナツィオナーレ通りに下りて三越に合流した。
 
            ツアーのスケジュールは夕方からカンツオ−ネディナーとなっており、バスのスタートまでの時間があった。ホテルに戻ると安江さ
           ん夫妻と一緒にテルミニ駅の地下にあるスーパーで買い物をしようということになった。
            スーパーは地元の人々の普段の食膳用のものがいろいろあって、結構買い物が楽しめる所だと思う。これという珍しいものはな
           かったが、いよいよ明日は帰国だからとイタリアチョコレートとスパゲティーをお土産に沢山買い込んでしまった。これは翌日空港
           で荷物ケースの重量がオーバーになってしまい、みんなの前で荷物の詰め替えを演じる結果を招き、笑い話になってしまった。
 
            カンツオーネディナーにはシニアの婦人ボーカルとアコーデオンをかかえたご主人のタレント夫妻が席を賑わしてくれた。いわゆ
           るカンツオーネに日本の曲を交えて約2時間の私たちの旅の最後の晩餐であった。

                                     ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○

            翌朝、私は一人で早朝のフォーロ、ロマーノを歩いた。((1)フォーロ、ロマーノ参照)
            ローマは何度訪ねても時間が足りないと思う。特にローマではガイドブックや他の資料では見つけられなかったいいろいろな新し
           い発見が、今回の旅でも多かった。コロッセオの近くで見つけた道端の小さな古い水道なども今回の土産になる貴重な印象と思っ
           ている。

            晴れわたった青空の下をバスに揺られてファミチーノ空港に向かう間中、車窓から街を眺めていた。古いセピアなイメージのロー
           マでは、白い建物はむしろ市街の中心部より郊外に多い。やがて沿道は緑の丘が続くようになった。
            古いセピアが視界になくなるのが寂しかった。
            空港で手続きを終え、出国のための搭乗ゲートの待合でベンチに座ると、仲間ではない他の乗客の会話も殆どが日本語になり、
           もれ聞こえる話にも日本が漂う。異国にいる緊張感がほぐれる瞬間だと思う。そんな時あらためて、つくづくと自分は日本人なのだ
           と思う。

            帰路の飛行機が滑走路を離れて舞い上がると、よその国の自分はどんどん日本人の自分に帰っていくような気がする。「まだ旅
           行中だ、楽しまなきゃー!」と言い聞かせるように何かを始めても、すぐに自分の家を思い浮かべたりする。
            良い旅を過ごした時ほど、平凡な日頃の生活を思い浮かべるような気もする。
            「今回のイタリアも良い旅だった」と、振り返りつつ、私は昼に発ったアリタリア機の午後のフライトで眠り始めた。(完) 

                                                                                    風次郎  


コロッセオに近い道路にある古い水道

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