アメリカの印象08初夏

                                                  BGM by かせだ音楽研究所

 
マイアミビーチは荒れていた

(9)マイアミとキーウェスト(その4)

  
ビーチ沿いの縦の道路と本島から来る922号線の交差点に位置するニューポート
ホテルの反対側がバルハーバーショップスであった。昨日食事をしたイタリアンの店
の隣には、ハムバーガーショップなどアメリカンスタイルのファーストフードショッ
プが並んでいた。道路を挟んだ向かいには大きなスーパーマーケットがあり、ここで
暮らす人達の日常の買い物の場になっているようである。ただ、治安はマイアミ全体
が良くないので、私も地元の様子を知りたいと思いつつ出向くのは控えていた。
 朝食を自室でしようとのことにして、長男と買出しに出たが、そう思う先入観の為
か、どうも気の利かない店員にいい加減にあしらわれているようで満足ができなかっ
た。

 パンとか果物とかコーヒーを買い込んで、自室の中で皆でゆっくりと朝食を済ませ
ると、「いよいよ今日はニューヨークへ戻る日か」と帰り支度を気構える心もちにな
るのだった。
 海辺にはまだ強風があったが、折角だから皆でマイアミの海にも入ろう、というこ
とになって部屋を出た。
 ママとはなはもっぱら応援団で、砂浜のチェアーからミサに声援を送ったり、カメ
ラを傾けたりだったが、私も長男とミサのあとを追いかけ海に入る。
 風が強いが海水はその割りに暖かく、浮き板を使って1時間ほど遊んだ。しかし、
やはり強風に荒れる波にはすぐ流され、ビニールの浮き板を操るのにも疲れた。ただ
白い砂浜のサラッとした感触がとても気持ち良かった。
 プールでも泳いだ。さすがに今日は平日なので人の数はすっかり減っていた。

 ホテルを離れて、マイアミ市内も見ておきたいと車を走らせた。わたしはこの2日
賑わっていたビーチの様子を見るためにと、長男に海岸線を走ってダウンタウンへ向
かってくれるように頼んだ。
 案の定、バーベキュウ大会ほどの混雑を見た一般用のビーチは、殆ど人影の見えな
い閑散とした海岸に変わっていた。大勢のカラフルな人々の行き交っていた昨日の情
景がまるでどこか別のところにあったように、不思議なほど静まり返って見えた。何
と言おうか、生活のメリハリを見せ付けられた思いであった。そして一方で何となく
安心した。
 人々は働きの場へ戻っていったのである。

 空港の近くにあるショッピングモールに行き土産物を買ったあと、日本字で「神戸
」という看板を出した寿司屋があったので入ることにした。午後の1時半だったが受
付に「2時から昼休みなので1時間で」ときっちり約束させられた。昼休みとはさす
がアメリカと思いつつ、どんな寿司が出るか興味津々、入って席に着くと、ウェイタ
ーがメニューを持ってきた。何と構えや座席は寿司屋だが、ビフテキからスパゲティ
ー、中華料理まで扱っている店であった。
 「かえって皆好きなものが食べられるぞ!」と、私とミサが握り寿司を頼んだだけ
で、ほかの者たちはステーキやチャーハンを注文したり、入るときに描いた寿司屋の
イメージは全く去って行った。しかし、握り寿司はキチンとまな板に乗り、酢は利い
ていないが(日本人の経営する店以外ではニューヨークでもそうだが、御酢を別にも
らう)まずまずの出来栄えだったように思う。勿論、いかに寿司屋であっても、日本
人の店でもない限り殆どの店は日本茶は別注文である。
 そしてきっちり1時間たったら、急き立てられるように昼食を終えなければならな
かった。しかし、腹が出来上がって皆元気になった。
 
 空港には16時過ぎに着いた。アメリカンエアーラインのチェックインを済ませて
18時30分のフライトのボーディングを待つだけになった。
 私とはなは大抵この時間にコーヒースタンドに寄る事にしている。煩わしい手続き
を終えて搭乗案内のアナウンスを待つホッとするひと時である。その日は皆で待合の
椅子でコーヒーをすすった。

 マイアミの空は晴れていたがニューヨークは雷と雨で大荒れだったらしい。長男が
どこからか聞いてきて、それを知った。
 何の案内も無いまま予定の時間になっても搭乗ゲートの案内は表示されなかった。
出発は20時30分に訂正された。しかし、その時間になっても搭乗案内は出なかっ
た。待合室は次第に騒がしくなってきた。他の客たちも皆内心、今日は飛べないので
はないかと不安になったのである。
 長男も明日の勤務との兼ね合いで心配しだした。私も疲れと空腹で苛立ちは隠せな
かった。それに加えて待合のEターミナル空調が強烈な低温で寒くて困った。はなな
ど仕方なく長袖のトレシャツを新たに買い込んで着る始末。ここで夜を明かすのだろ
うかと、私も心配は隠せなくなってきた。
 やっと10時過ぎて私たちの便はとにかく出発することが案内された。ターミナル
ゲートがE5からD40への変更で客はゾロゾロと行列を作って動いた。私はターミ
ナルが変わると冷房の寒さから逃れられて何より有難かった。
 一旦フライトスケジュールが壊れると修復が難しいのであろう。機内に入っても中
々飛び立たない。ローカルの機内はサービスも無いから、不安の中で待たされるのは
つらかった。機がマイアミをテイクオフしたのは11時30分、JFKに着いたのは
夜中の2時を過ぎていた。眠気眼で長男の車を呼び出し、自宅に着いたのは朝の4時
。結局、翌日は長男も追加休暇、ミサも休学、皆が朝寝をした。

 旅の終わりは大したことはなかったが、しかし、皆で遊んだマイアミ、キーウェス
トの旅は楽しかった思い出が詰まっている。その日の夕方も自宅のテラスで思い出を
語りつつファミリーバーベキュウを楽しんだのであった。

                                                            風次郎                     

   
  遅れまくったマイアミ空港のAA機

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