BGM by かせだ音楽研究所
キーウェストのサザンモストポイント
島に入ったあたりにコンビニがあった。日本人には大きすぎる紙コップのコーヒーを飲み
、バーガーをたべた。ときどき車で来た若者のグループが買い物によるだけで、空いていて
ノンビリできた。外の暑さから逃れることが出来てホッとした。
そこから、まず予約してあったシェラトン・キーウェストへチェックインして身軽になって
からホテルのシャトルバスで島の西側に当たる中心地区へ出かけた。
丁度サンセットクルーズの客が集まる時間のハーバーは混雑していた。たくさんのクルー
ザーヨットが出帆の客を集めていたし、大型のモーターボートも数多く、賄いのスタッフが
忙しそうに荷物を積み込んでいる様子が見えた。
デッキ伝いに、私たちはいくつかのレストランに夕食の予約を試みたが、いっぱいで上手
くいかなかった。やむなく夕食はホテルでということに決めて、オールドタウンをぶらぶら
と歩きながら、暑くなるとアイスクリームを食べたり、また店舗の中を見定めながら涼んだ
りして繁華街を歩いた。海で寛ぐ為の衣類や、フィッシング・ツールの店が多く、あとはフ
ードショップと若干のブランドショップである。
私はズボンの着替えを持っていなかったので、長ズボンのままだったから、まずサーフシ
ョップで半ズボンを買って着替えた。思い切ってというか、大胆にと言うかたまたま手にし
たのが大きなハイビスカスの花模様のもので、派手派手になってしまった。しかし、聞くと
RONJONという一応のブランド物だとのことだ。又、昔ここにたどり着いたという旧い
船の展示された広場のワゴンショップで私はKeeWestの名が入った帽子を買って記念
として被った。そんなことでリゾート気分を演出した気になった。
その日は早めに引き上げた。夕陽が暑く照らした。
シェラトンは島の南東側の海岸に低層のコテージ風なつくりの建物であった。フロントの近
くにレストランがあり、その先が中庭でクローバーの形をしたプールがあった。私たちには
離れの棟の3階の部屋が与えられたが、西側の窓からは入江になった潟が見え、ちょうどサ
ンセットを眺められておあつらえ向きだった。
サンセットを眺めてから、ホテルのプールで夕食前のひと時孫娘ミサと長男とで泳いで楽し
んだ。プールの奥の端から滝が落ちていて、ここで頭から水を浴びるのが気持ちよかった。
ミサは喜んで遊んだ。水泳もまだクロールとブロードをマスターし始めたところだというので、
仰向けにしてバック泳ぎを教えたら2〜3回でできるようになって嬉しそうにしていた。
一緒に泳いでいたカナダから来たという老夫妻が、私たちを見ていて、声を掛けてきた。
毎年ここにやってくるのだそうだが、元気な日本人は珍しいとか、知り合いが日本に行って
いるので東京にも行ってみたいとか、取り留めの無い雑談は楽しかった。どこへ行っても旅
は道連れを楽しめることが素晴らしいと思う。
レストランではそのプールの見えるデッキのテーブルに席を用意してもらい、一族のディ
ナーを楽しんだ。陽が落ちるとさすがに暑さは去って、ゆったりとした家族の寛ぎを味わう
ことができた。1日中汗を掻いたあとのメキシコ産ビールが腹にしみた。はなと長男がステ
ーキ、ママは難しい名前のもの、ミサは子供メニュウ、私はシーフード。少しのワインも久
し振りに美味かった。楽しかった。
ミサがはなとベッドを一つに寝た。はなは喜んでいたが、夜中に目覚めると隣が心配だっ
たようだ。
翌朝海辺に出た。
外洋と思えない静かに凪いだ海が広がり、珊瑚礁がもたらした白いきれいな砂の浜が続い
ていた。
孫の気遣いか、前夜、私の早朝の散歩にミサが行きたいから起こして欲しいとリクエスト
があったので、私は気をよくしていた。何時も8時前まで寝ているのだから、6時では、ま
だぐっすり夢の中であるはずの体を揺り起こし、手を繋いでホテルの前の浜へ行った。
小魚や蟹が透き通った水の下の砂の上を歩いたり泳いだりしているのが良く見えた。貝殻
は殆どなかった。海の藻があちこちに生えていた。海面が湖より静かなほどで、私たちは
浅い水辺で貝を探したり、砂に潜って逃げる蟹を追いかけたりして遊びながら歩いた。
朝陽は輝きを伴って、東の空を染めながら昇ってきた。
朝食を終えてから、再び市内を散策に出かけた。
アメリカ最南端「サザンモストポイント」はキーウェストを訪れる誰もが訪ねるところだ。
マークのモニュメントがありキューバまで90マイルと記されている。そこで皆記念写真を撮る
ので順番待ちの行列が出来ていた。
すぐ隣りが海軍の基地になっている。本当の最南端はこの基地の中にあるらしい。またここ
は古くから海峡を守るアメリカ軍の潜水艦基地でもあった。ケネディーの時にはキューバ危
機もあり、緊張の時代を生き抜いた処であろうが、メインゲート前も今は静かであった。
キーウェストの語源は、ここに古代人の骨が発見されたことに由来し、スペイン語の「カ
ヨ・ウェソ(Cayo Hueso;人骨の島)」からきているとのことだ。であればフロリダからつ
らなる全ての島にKEY△△△と名付けられているから、どこにも古くから人が住んでいた
のだろうか。島民の生活は貧しいようだが良い気候を求めて、著名人の別荘がたくさんある
という。
有名な「ヘミングウェイ」が「武器よさらば」「キリマンジャロの雪」などを書いて8年
間を過ごした家が開放されており、大勢の人が見学に訪れていた。スパニッシコロニアル風
のゆったりしたプールつき邸宅で、彼の飼っていたネコの子孫と称する猫たちが溢れるほど
ごろ寝しているのであった。どの部屋にも窓を設け、どこでも寛げるようになっているのが
素晴らしいと思った。ヘミングウェイはこの建物を気に入って買い込み、贅を尽くしてデザ
インしたようだ。プールや別棟に設えた書斎は、その所産である。書棚や調度品など好きな
ものを集めて暮らせる贅沢さを垣間見た。今は記念館として愛好者ボランティアで支えてい
るとのことである。案内解説書に日本語版があり、有難かった。
南国では原色の花をつける木が多いように思う。それもハイビスカスのように比較的花び
らの大きな花が咲いている。季節を問わない咲き方をするのだろうから、それだけでも通り
はいつもカラフルだといえる。真黄色い花を咲かせる木、真っ赤な花を咲かせる木、そして
紫のブーゲンビリアも鮮やかに街を彩っている。私の故郷、富士見にある山アジサイに似た
木が真っ白く咲いていた。あちらは高冷地だから全く種類は違うものであろう。白い花は珍
しいと思った。
白い灯台を背景に、真赤な花(私の知っている花では蔓に似ていた)をたくさん付けた大
きな木が目立っていた。その前を走り抜けて、国道1号線の終着点(始発点)へ行ってみた。
ここから北へ全長2390マイル(キロメートルにすると3846Km)カナダとの国境
沿いメイン州のフォート・ケートが北の終点である。アメリカ東海岸部の主要都市を通る主
要路線であり、南北を結ぶ国道の中ではもっとも長大な路線である。
ハリソンの長男宅では、今回努めて国道1号線近くを散歩のコースに選んでいるが、ここ
から昨日もドライブしてきた道を通じずっと続いていると思うと、その200キロに懐かし
い思いさえするのだった。
2つばかりインフォメーションセンターに寄り近くの資料に眼を通し、再び1号線にマイ
アミまでの帰路を求める。もう一度セブンマイルブリッジの美しい風景を眼にしまいつつ走
り抜けた。途中マラソン島でバーガーキングに寄って休憩しあとは一路マイアミに向かった。
風次郎
ヘミングウェイの書斎 国道1号線最南端始点標識(終点でもある)
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