BGM by かせだ音楽研究所
国道1号線沿いkey Largoのコンドミニアム
ケネディーを6時に発つフライトを捕まえる為に、2時半に起きて皆で長男の車に乗り
3時にハリソンの家をスタートした。95号線を南下してブロンクスからケネディー空港近
くの契約駐車場に向かう。
早朝だし、土曜日の朝だから道路の混雑は無かった。しかし、月曜日の際日(戦没
者メモリアルデー)を加えた連休のスタートだったから、休日を使って出かける勤め
人が空港を賑わすことになるのだろう。駐車場サービス会社の受付は人が一杯だった
。それでも予約チケットを渡すと気のいいボクサーのような逞しいおじさんがすぐに
空港への送迎車に案内してくれた。
アメリカの体を動かして働く労働者たちは至って気の良い人が多いのには驚く。冗
談交じりの会話をお客と交わすのが実に気軽で、うまいと思う。「フロリダ!良いね
え!俺は家に帰って夢の中で行くよ。金が無いからね!夜働いたし。」と明け透けだ
。長男が、「こっちは家中の有り金叩いて行くところさ!フロリダには金を捨ててる人
が多いと聞いてるからね。」と、からかっている。――私は黙っていた。黙りこくっ
ているのは日本人特有だし。――
アメリカンエアーラインのターミナルは混雑していて、カウンターが解りにくく、
少しあちこちしたが、フライトは順調だった。搭乗時のセキュリティーチェックが乱
暴で、モバイルのPCが壊れないかを心配したり、外した時計がなくならないか気を
もんだりしたが、一族5人揃っての旅立ちは心が浮き立った。
待合で少し時間があったので朝食を食べたが、はながカバンに入れていたおにぎり
が手荷物検査をパスしていたので格別うまかった。
私とはなには初めてのフロリダだが、長男家族は毎年行っているようだから安心だ
。孫娘ミサはちょこまかしてママに「世界で一番危ないところへ行くんだから」とた
しなめられていたが、私とはなはミサが一緒だと言葉に不自由しない。孫娘を頼りに
した。
天気も良く、晴れた大西洋の上空を3時間飛んで、予定の10時にマイアミ空港に着
陸した。
マイアミ空港は米国空路のハブにもなっている巨大空港である。レンタカー会社の
送迎バスを捕まえるのにも携帯電話が必要だ。大体の観光客は空港でレンタカーを
手にして休日の足に活用するのが普通のようである。フロリダはもともと避寒地であ
るから、すでにオフシーズンではあるが、連休を利用しての客は相当なものと感じた。
レンタカー会社のカウンターもぎっしりだった。そして、NYから3時間の南下はやはり
暑さを感ずる。
私たちはまずキーウェストまでのドライブを楽しむことにしていた。
広いマイアミ空港の周囲を半周して国道1号線に乗る。長男の話だとこれがボスト
ンのさらに北を出発点に、ハリソンの私が散歩した道路をも経由して海岸線を下って
いる伝統ある国道で、キーウェストがその終着になるということだ。もっとも1号国
道は大半が車線も2〜4車線で昔のまま使っているので、東海岸は並行して沿岸を走
るインターステートハイウェイ95号線が大役を果たしているようである。その95
号線もマイアミから先は無い。
キーウェストに向けてツアー開始である。マイアミのシティーを抜けて、夏の日差
しに照らされて光る中に、遠く延びる大湿原を走る。先はフロリダ半島南端に、広大
な自然の姿を確保したナショナルパークとなっている。
海岸を見渡せるあたりまで来ると、いよいよ「オーバーシーズハイウェイ(海を越
える道と呼ばれる)」だ。50を超える小さな珊瑚礁の島々を、42もの橋で結びキ
ーウェストへ到達するUS−1(国道1号線)約250キロの道のドライブである。
先ず二つの橋を渡って最初の島(この島が一番大きいそうだ)Key Largo に入り腹
ごしらえをした。車から外に出ると強烈な太陽光線に瞬く間に肌を焼かれるような暑
さだった。サンドイッチやピザを食べ、水をたくさん買って再び車を走らせる。
所々に海で遊ぶ人達のたまり場があり、海岸にはボートの寄せられる桟橋や、ハウ
スが設けられている。道脇を行き交うのは若者ばかりではない、連れ立った老人や子
どもの手を引いた黒人の夫人などの姿も目立った。海面に水しぶきを上げるのは、モ
ーターボートばかりか水上スキーのダイナミックなすべりを幾つも見た。晴天は青く
続く海原をさらに広く広く映していた。
Marathonという長い島のつながりは、珊瑚礁独特の洗濯板のような飛び出した岩場
の連なる風景が目を惹いた。そのいたるところに瀟洒なリゾートハウスが建ち、コン
ドミニアムも並び、どこの入り江にも夏の海を楽しむ人々の姿があった。
Marathonを過ぎたところからが、有名なセブンマイルブリッジである。全長6.7
9マイルあるそうだ。以前は鉄道が敷かれ、マイアミ・キーウェスト間の物資移動に
貢献した名残でもある。その後道路として車道も開通したが、ハリケーンで橋を壊され
今は車が入れない。昔の入り口で写真を撮ったりして休んでいると、釣りを終えて海か
らの道を上がってきた年老いた男が、籠に入った2フィートほどの大きな魚を見せて
くれた。その辺のレストランで買ってもらうらしい。見事な体型の魚だったが名前は
分からなかった。
現在のセブンマイルブリッジは、ハイウェイの形をした道路で中央付近に大きく盛
り上がった部分があり、海の中道である。左は大西洋、右はメキシコ湾、真っ直ぐに
海と空の青を突き抜けるように走っていった。
午後の陽がまだ高い3時を廻った頃、私たちは目的地キーウェストの島に着いた。
風次郎
セブンマイルブリッジ(左が新道・右の旧道には入れなかった)
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