アメリカの印象08初夏

                                                  BGM by かせだ音楽研究所


松井選手の活躍したヤンキースタジアムのナイター

(3)ヤンキースタジアム


  長男家族はヤンキースのフアンである。
 勿論松井選手の活躍が期待だ。
 ボルチモア・オルリーズとの対戦試合のネット裏を確保してしてくれたのでナイタ
ーをみんなで観に行った。19時5分が試合開始になっている。5分は国歌斉唱があ
るからである。
 アメリカの国歌は私たちがオリンピックなどでいやになるほど耳にするが、難しい
歌である為、必ずプロの誰かが独唱し、観衆は胸に手を当てて傾聴するのだそうだ。
1931年に制定されたまだ新しい国歌である。米英戦争中にF・S・キイがボルチモア
の港でつくった「マクヘンリー砦の守り」という詩を当時流行していたJ・S・スミスの
曲を転用したものである。
 「マクヘンリーの砦」は当時のまま博物館として残されており、10年ほど前、ア
メリカの友人に案内してもらったことがある。アメリカは国旗、国歌愛好により多民
族国家の結集を願う姿勢を崩さず続けていることを、そこでも聞かされた。
 日本では表向き純な国民性のようであるのに、時々団結意欲を削ぐことに何か生き
がいを求めているような人が目に付くが、自由を大事にする国アメリカで、そんなこ
とがないのを不思議に思うほどだ。

 試合はオルリーズが先行して2点を獲得し、ヤンキースは松井のヒットから1点を
返したが最終回まで接線であった。
 最終回の攻撃、ワンナウト後フォアボールを選んで出塁した松井をゴンザレスがヒ
ットで追ったが、次のバッターは2ストライクまで追い込まれていた。そのあとであ
る。何とも無いようなボール球を見送ったと思ったそのとき、球審が動いた。バッタ
ーになにかの手振りで話しかけている。どうやら握ったバットの先にボールが当たっ
たのではないかと言うことのようだ。キャッチャーが捕らえたからストライクになれ
ば三振である。しかし球審はまだ宣言をしていない。
 バッターは何とキャプテン、彼のデレク・ジータだ。「そんなの無いよ!」といった
ジェスチャー。監督がベンチから飛び出してきて猛然と球審に抗議が始まった。
 手が出せないから、顔を突き出して身振り手振りを大げさに、挙句の果て自分の帽
子をグランドに叩き付け、蹴飛ばした。観客も騒然、。何せここはヤンキースタジア
ム、90%がヤンキーズファン、加えて大スター「ジータ」への災難である。球審に
否定し続けるジータ、再三足でグランドを蹴るジョー・ジラルディー監督。こうなっ
ては球審も冷静ではいられまい。大きなゼスチャーで打者に向かって「三振バッタ
ーアウト」。さらに監督に向かって「退場!!」。
 大騒ぎの球場になったまま、まだしばらくは球審と監督、打者のいがみ合いがつづ
いたが、結局監督が引き返してダグアウトを去り、試合が再開した。スタンドは全員
立ったままだった。警備員が内野フェンスを挟んで観客のグランドへの立ち入りを監
視している(ヤンキースタジアムの内野フェンスは子供でも跨げる高さしかない)。
 さー9階の裏、松井がホームベースを踏めばヤンキースの勝ちなのだが、2アウト
とである。そしてまた次のバッターはファールボールを繰り返して2ストライクとな
ってしまった。観客も総立ちのまま。スコアボード脇の電光掲示板は場内のヤンキー
スファンに「make noize」を訴え(日本ではこんなのないねー)、場内は大騒ぎだ。
 この興奮の中で打者はレフト前へのクリーンヒットを放った。ヤンキースは絵に描
いたような勝利を遂げたのであった。球場は大いに沸いて、ファンは大喜び。
私たちも一緒になって気を良くして帰った一幕であった。



 球場が休みの日にフアンを案内してくれる「ヤンキースタジアムツアー」というの
があって、去年の夏連れてってもらった。選手の使う駐車場へ車を置いて、選手の入
場口からヤンキーズの選手控え室に入ると、各選手のロッカーが壁に沿って並んでい
た。
 選手がいないだけで、バットやユニホームや色々なものがそのまま見せてもらえる
。当然ながら55番松井選手のスペースは探さずとも案内人が説明してくれた。私は
プロ野球選手の控え室へ入るのは初めてなのだが、どこかで「何億も稼ぐ人たちの居
場所には、世間離れした何かがあるかもしれない」と期待したが、そういうものでな
く、チーム活動の根拠地そのもので、何処にもある運動部の部室の拡大版であること
を確認した。ゴンザレスや当時所属していた日本の井川選手のロッカースペースも親
しく見分した。以外だったのは監督のスペースさえ選手と同じで特別なことは無い。
勿論監督の部屋は別にあるらしいのだが。

 ヤンキースタジアムは今新球場が隣に建築中で、伝統ある今の球場は今年がさよな
らシーズンである。最近は日本でもテレビでお馴染みになって、様子が分かりやすく
なった。レフト側が少し長くなっている(球場を造ったべーブルースはレフトへのホーム
ランをライトへのホームランと差別したらしい)ので、グランドの先端を削って野球の殿
堂記念スペースにしてあり、活躍したヤンキースの名選手のレリーフが飾ってある。
 1塁側のダグアウトからホームベースを廻ってそこまで歩くと、ダグアウトで見て
感じた広さよりかなり大きな球場だと感ずる。グラウンドは自然芝で天井も無いのが
最近のアメリカ流、やはり球場は自然光の下が良いと思う。それにグラウンドと観客
席の間はいつでも飛び越えられるほどのフェンスのみであるから球場内の一体感は最
近の日本の球場より良いのではないだろうか。
 はたして新ヤンキースタジアムはどういったお目見えをするのだろうか。

                                                            風次郎                     


さよならシーズンとなったヤンキースタジアム

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