BGM Music Factory
ヤンキースタジアムツアー
日曜日の朝、長男と近くにあるPARKS WESTCHESTER COUNTYの「
Maple Moor」コースに出かけた。近くの中学校の先、森にあるゴルフコースで日
曜日には近所の住人のために早朝の時間を解放しているとの事だ。勿論有料だが予約もせず
(アメリカでは予約をすることは先ず無いとの事だが)休日の朝にハーフ廻ることができる
のは有り難い。友人同士だという他の日本人二人組みが来ていたので一緒に廻った。
NY州は昨日見てきたような農地にはあまり向かないが、森や林、そして池が多く、ゴル
フ場には最適であろう。岩盤の上は草原には適している。WESTCHESTERにはいた
るところにGOLFコースがあって、シーズン中何らかのチャンピオンシップが競われてい
る。日本から参加している選手の加わる大会も注意して見ていると、この近くのコースであ
ることが多い。
日本のような仰々しいクラブハウスが建っているところは少ないが、環境には恵まれてい
る。但し、コースの整備はとても日本には及ばない。これは日本の過剰サービスというもの
だろう。カートを各人が引いて歩くのが普通でGreenfeeは$15くらいのものであ
る。
朝露を踏んで歩き、朝陽が完全に空に輝く頃までにハーフを終えて、家族が起きた頃自宅
に戻った。気持ちのすっきりした朝だった。
○
ビューティフルサンディーをめざして皆でマンハッタンに出かける予定になっていた。孫
娘ミサは7月が誕生日だが、家族が渡米してからなかなか誕生会をしてやる機会がなかった
ので、誕生会をかねて有名店「リバーカフェ」も予約していた。
まず長男家族が会員になっているヤンキースファンクラブの得点を使って、スタジアムツ
アーに参加する予約をしてあったので、皆で車に乗り込んでスタジアムに向かった。日本か
ら来ている松井選手が活躍しているし、スタジアムもあと1年で新らしく生まれ変わって、
長年名を馳せた球場は見納めになるかもしれない。丁度今日の日曜日はヤンキースはフィラ
デルフィアヘ行っているので、ファンに場内を案内してくれる催しである。
ハリソンの住宅地から西の丘を降りて、100号線を南下する。ブロンクスを縦断し終わ
ると道路の左に球場が見えた。今日は普段選手が使う駐車場も使ってよいとの事で、正面入
口の前にあるゲートをファンカードでパスして入った。正面は左回りに球場をぐるりと1周
(一方通行)して入るのでゲームのある日には到達するのが大変だろうと思ったが、ゲーム
のあるときは、道路に近い別の入口を関係者用に開けるので選手はスムーズに入れるようで
ある。
一回のツアーに参加できるのは100人程度らしく、入口の前にはそれらしき人たちが集
まっていた。11時に場外スピーカーが、ツアー参加者は報道関係者入口へ集まるように呼
びかけたので、私たちもその列に加わった。背の高い若い男と背の低い年輩の男がハンドマ
イクを持って先頭に立った。
一番先にネット裏の貴賓席と放送席を見た。私は球場の放送席を見るのが初めてだったが
、一つのゴンドラのようになった部屋で、席についてスイッチを入れるとすぐ○○放送の局
に繋がっているらしい。上手く出来ている。
階段を下りて、丁度バックネットの裏あたりのスタンドの下にヤンキースの選手ロッカー
ルームがあって、「写真厳禁」が申し渡されたあと中へ入れてくれた。たたみ100畳敷き
ほどの長方形の部屋で、学校時代の運動部の部室の大型を思わせる感じだったが、割合整頓
された感じだった。
入ったすぐ右手に少し広い監督のコーナーがあり(監督室は別にあるようだ)、あとは周
囲の壁側に各選手のコーナーが区切られている。私たちは「MATSUI」の名前の書いて
あるコーナーをすぐ探したが、左側の中ほど、シャワー室の入口角にあった。ユニホームが
一組かけてあり、隅にバットを入れたケースを立てかけ、椅子が置いてあった。井川選手の
コーナーも少し奥の右手にあった。大きな荷物が置いてあった。やはりジータや、ロドリゲ
スといった超有名選手のコーナーに注目が集まっていた。
このロッカールーム入場がその日の特別みやげであった。
そのあと、ヤンキースの入るダグアウトに向かった。ミサにはこの場所が一番気に入った
らしかった。眼の前のダイアモンドとコーチャーボックスを眺めながら写真を撮った。そし
てホームベースの後ろを回って、レフト方向に歩き球場内のスタンドの下にあるヤンキース
モニュメントパークを見た。代々活躍した選手の胸像や記念背番号のメモリーが並んでいた
。
○
マンハッタンに入り、昼食をし、ミサのおねだりのサマンサ人形を買いに行った。この人
形は世界でここでしか売らないとのことである。店は4階建てだが入口からごった返してい
る。たかが人形、それだけで4階全部の売り場を使っている、だが安くは無い。着せ替え衣
料や、部屋をあしらった付属のお道具類がいっぱいあって親泣かせの代物だと、私などは思
う。「何と浪費を楽しむ?、いや無駄遣いが出来る人々の多いことよ!」と溜息をついてし
まった。
本当に不景気に入りそうな世界なのだろうか、と思ってしまう。であれば私たちも市場入
りを辞退すれば良いのに―――だが、――。
つい3日前に来たばかりだが、私は家族にも「グランドゼロ」は認識させたいと思ってい
るので、ロアーマンハッタンに車を廻し、歩いて工事現場を一周した。ミサには3000人
を超す犠牲者名が掲げられたプレートの前で説明をしておかねばならなかった。
フィナンシャルビルの南側からマリオットホテル寄りの道筋に小さなスタンドカフェがあ
って、道路を見渡すスペースにパラソルを立てたテーブルが3つばかり並んでいた。午後の
暑い時間だったので、これ幸いに椅子を求め、コーヒーで一息つくことが出来た。
朝から歩いてばかりで些か疲れた。この辺りの人口は日曜日では知れているだろうに、道
路を隔てた眼の前が居住区になっているから、その住民を当て込んでの店かも知れない。
一休みしているうちに、陽の傾きは進み、夕方に向かう気分転換の時間が訪れる。
私たちは、居住区を抜けて、ハドソンべりの公園に入り、ヨットハーバーの方に歩いた。
散策を楽しむたくさんの人がいた。
バッテリーパークも日曜の夕方らしい群集の公園と化していた。クリントン砦の向こうに
発着する自由の女神航路の観光客が、波のように寄せてきたり、まばらになったりするのが
わかった。人の多さはここも、私たちがベンチに席を得るのに苦労するほどだった。しかし
、伝統の公園らしくストリートパフォーマンスの数々は楽しく、そこに群がる観光客の歓声
の響きは心地よかった。
私たちはミサを囲んでシャボン玉を飛ばして遊んだ。屈託の無いゆったりとした夕方のひ
と時だった。
○
やがて、夕暮れの時を迎える頃、私たちはブルックリンの橋を越えて対岸に渡り、リバー
カフェの夕食に向かった。
「River Cafe」は格式が高くて有名である。私たちは初めてだったから電話予
約だけではだめで予約金の払い込みまでさせられた。ブルックリンの袂でマンハッタンの展
望が売り物だし、いつも混雑する人気だからやむを得まい。それほどまでのところだから自
ずから期待も高まる。
さすがに車が近づくと正装したボーイがやってきて、キーを預かり、別の者に建物内に案
内される。しかも、さらに待合(狭い)で席を作るまで待たされた。やがて、席に案内され
たが日曜の夜であった為もあってか、テーブルはぎっしり、ボーイが行き来するのも横にな
るほどの詰め込みに見えた。少し早めに着いたと思っていたのだが、とても窓辺など要求す
る気になれない(チップを躊躇したわけではない)混雑状況であった。
しかし、係りの対応は良かった。家族で子供の誕生祝だとの趣旨は十分心得ていて、それ
なりのサービスに気を配ってくれた。孫娘ミサは7歳になるから、7本のローソクを吹き消
して大喜びだった。フランス料理のディナーは私には上物としてはいまいちと感じられたが
、途中でデッキに出て夜景を眺めて楽しんだり従業員の気配りがとても良かったので楽しい
誕生会になった。
帰宅は9時半になった。ほど良く疲れて楽しく気持ちよい一日だった。
(風次郎)
リバーカフェのデッキで(サマンサ人形を抱くミサ)
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