風次郎の世界旅
   アメリカの思い出(4)
   ニューヨーク2006冬

                                                    BGM by ASSO 「虹の音色」



Harrison Memorial Eremenntaly Scool(創立者の銅像が立っている) 

          (5)―エレメンタリースクール(小学校)―

 今年は暖かいという。なるほど、一週間ハリソンに居て寒いと感じたのは3日目の朝、孫娘の
ミサを近くのエレメンタリースクールまで送っていった日だけだった。
 ジイとバアがママに代わって送ると言うと飛び上がって喜ぶ。それだけで私たちは張り合いだ。
 9時前玄関のドアを開けると風が吸い込まれるように入って来た。
 「今日は寒いよ!」と駆け出すミサの後を追って玄関前の階段を降りると時々ピューとさすよ
うな寒風が襲ってくる。まだ外に出たばかりだというのに耳が寒さで痛いほどだ。
 学校までは7〜8分、Briga Cercle と名付けられた12戸の戸建住宅団地の中央を通り抜け
て、レンガ造りの事務所の角で一般道路に出、駅のほうに向かって歩く。
 「今日はお迎えにもいくからね!」はなが言うとミサは2人の間に挟まって手をつないで坂道
の舗道をあがって行く。そこは鉄道の陸橋が一段高くなっているのでさらに風がきつい。その向
うに背の高い落葉樹の林があり、Harrison Memorial Eremenntaly Scool がある。
 今のご時勢だから日本でも言うに及ばずだが、この学校は親が学校の入り口まで生徒を届ける
のである。ちょっと離れたところから通う生徒はみな親が運転する車で登校してくる。そして生
徒が入り口のドアを入るまで見届けなければならないのである。
 玄関の前にはボランティアだという髭をはやした初老のおじさんが待っていて、やってくる生
徒たちに一人づつハングしてやるのだ。これはとってもほほえましい。
「やあ、おはよう!今日も元気良いね!」ミサもおじさんに絡まってから私たちにバイバイして
ドアの奥に消えていった。
 ハングのおじさんと顔見知りになっている親は挨拶を忘れない。雨の日も風の日も、彼はそこ
に立って子供たちを迎えているのである。こんなボランティア、子供たちに好かれ、やり甲斐が
あって良いなあ、とは思うが、毎日は厳しいものに違いない。親たちは感謝しているだろう。
 5月に来たときも2回ばかり送ってきたことがある。彼はもう私たちの顔も覚えてくれていて、
握手をしてくれた。
 この学校の全校生徒は300人程度だが、日本人が50人くらいいるとのこと、他の異国の人
たちも相当数いるらしいから、アメリカらしいというか、私たちから考えたら難しい問題が沢山
ありそうにおもえるが、ママの話を聞くとそれなりに対応できているらしい。つまり、先生と生
徒の親とのコミニケーションがこれまでは(入学して1年間)は毎週1回と頻繁に行われたとの
ことである。

 5月に来たときPTA主催だという夜のビンゴ大会があって、私も興味半分で参加させてもら
った。
 金曜日の夜だった。6時から学校が開放されて、イベント開始前の一時間、父兄は食事をして
楽しんだり、校内を見学したりして過ごす。教室の壁には生徒の作品が飾られたり、生徒各人の
ロッカーが並んでいるのは日本の小学校とあまり変わらない印象を受けた。
 食事は父兄のバザーのような感覚で、当番に当たった係りの父兄がサンドイッチやコーヒーを
サービスしてくれ、連れ立った子供たちと一緒に食堂で食べたり、イベント会場へ持ち込んで食
べる。
 イベント会場は“ジム”と呼ばれるステージつき体育館兼講堂のような場所で男性のPTAた
ちが取り仕切り音楽を鳴らして盛り上げている。先生や学校のスタッフと思われる人が見当たら
ないので聞いてみると、一切はPTAの責任で学校側は関与していないのだとのこと。学校は建
物を開放しているのだそうだ。そこは日本ではちょっと考えられない。
 その日のビンゴ大会はなんと10時頃まで子供たちも一緒でワイワイガヤガヤ、奇声を上げた
り踊ったりの楽しいひと時だった。ミサのママがビンゴで当たって私たちも喜んで帰ったのであ
った。
 今回も何かイベントがないのか、来たときに早速聞いてみると、やはり金曜日の晩映画会があ
るという。
 「また行こう!」と、孫娘に同意を求めると、ミサは、
 「ママに$20もらっていかなあきゃー」という。それは会場にチャリティーバザーが開かれ、
子供たちがそこで買い物をするのだそうだ。ちょうど寒風の吹く晩になってしまったが、寒さの
中出掛けて行った。もっとも学校内はしっかり暖房が働いているのだから困ったことはない。
 ミサは$20で私に厚手の手袋とはなにスカーフを買ってくれた。それにはついホロリとした
が、さらに自分でも何やら持っていたから、ママから入手した金は$20では納まっていないだ
ろう。約束(規則)違反ではあろうが――チャリティーだから。
 映画は子供が主役の街中の冒険物語だった。内容はともかく、暗い会場の中で子供たちはポッ
プコーンの袋を手にして、広い場内を駆け回り、私は寝入ってしまったがかなりの騒ぎだった。
はないわく、ちゃんと見ていたのはうちのミサだけだった?とのこと。どこの国でもこどもの国
は変わらないし、いたし方もあるまい。映画が終わった後、明るくなった場内はポップコーンと
ビニール袋だらけ、それを眺めて、私はむしろホッとした。
 
 幼少期にいろいろな国々の人々と触れ合い、共同生活することは人生に貴重な布石を得られる
に違いない。しかし、教育方針に多少の違いは合っても、小学校の様子や子供の世界はあまり変
わらない印象が得られて、少し胸をなでおろした。


NYでもウインタースポーツで冬に圧倒的な人気は、氷上のアイスホッケーとフィギアスケート、
バスケットボールもどちらかというとシーズンになる。
孫娘ミサが、住まいのあるハリソンの隣町ライのシーサイドスポーツクラブでインドアリンクの
スケート教室に所属してフィギアスケートを習っている。週一回だという練習日に私も顔を出して
みた。
大柄(男性かと思うほど)の女性のインストラクターが丁寧にメンバーの個別指導をしていた。

指導を受けるばかりでなく、みなそれぞれに弧を描いたり仲間同士で手をつないで滑ったり、子
供たちは活発だ。
子供たちのフィギアは大いに盛んである。あちこちにあるリンクは未来のオリンピックをめざす
小さなヒロインのたまごたちでいっぱいである。
 マンハッタンのロックフェラーにあるリンクも、セントラルパークにあるウールマンリンクも、
毎日夕方から練習する子供たちと先生で賑わっている。これらのリンクは観光客にも有名だし名所
でもあるので、わざわざスケートを持って駆けつける目立ちたがり屋のニューヨークっ子たちにも
人気がある。ミサもそこで滑ってみたいと出掛けたそうだが、人がごった返してとてもスケートに
はならなかったと、親子でわらっていた。
 私も冬訪れればロックフェラーのリンクを覗かないことはないし、プラザホテルからリンカーン
センターへ向かうにはウールマンリンクの脇を抜けて直線で行くのが一番近いから両リンクを眺め
ることは多い。が、なるほどアベックのスケーターも多く、いつもごった返している。
 孫娘には、スケートなら任しておけと、私も昔取った杵柄、スピードスケートでは信州諏訪でオ
リンピック選手と一緒に練習していたころのことを話してみたが、ホッケーやフィギアの話ではま
ったく太刀打ちできない。同じスケートでも全然世界の違うことのようだった。でも孫娘が同じ氷
上スポ−ツに親しむのは大賛成である。
 今はウィンタースポーツとは言っても、スケートは全て環境の整ったインドアになり、冬の厳し
さに耐えつつ寒冷地方や山中のリンクを訪ねてトレーニングに励むなどといった精神論は方向違い
だろう。
 ミサは、スタムフォードで行われたフィギア選手権で優勝した浅田真央と一緒に写真を撮っても
らったと大はしゃぎである。
 私は、夢を大きくもって鍛錬を楽しめればそれでいいのだと思う。
 ミサの練習時間は30分、他の生徒たちもアイスホッケーチームにリンクを明け渡して、インス
トラクターと握手をしてあがってきた。

 そのリンクをホームリンクにしているクラブのアイスホッケーのチームも毎日夕方練習を行うこ
とになっているとのことである。5時半になると屈強な体つきの選手たちが集まってきた。興味が
あったので選手の控室やトレーニングジムを覗いてみると、スペースも意外に広くまた清潔で道具
や設備備品が調っている。結構金回りのいいチームのようだった。
 ライはNYでも贅沢な住宅地だから、住民の寄付が多いのかも知れない。
 北米の冬はアイスホッケーとバスケットボールに熱狂する季節である。
 ここのチームは全米レベルには至っていないそうだが地域リーグでは上位にいるようだ。それは
ともかく若者の溌剌とした元気の良い姿に接するのは気持ちがいい。数年前、全米トーナメント試
合が決勝間近の頃、ロングアイランドの先の方にあるNassau Coliseum で行われたIslanders vs
Febers の試合を見に行ったことがある。人気選手には会場中が沸きあがって嬌声を上げ、立ち上
がって足を踏み鳴らしたり、手を振って応援するあの雰囲気はアメリカ的と言おうか捨てたもので
はない。

 近くにいた選手に『君の活躍する全米トーナメントを来週見に行くからね!』とからかったら、
『もう切符は売り切れているから買えないよ』と切り替えされてしまった。
     

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