BGM by ASSO 「虹の音色」
煌びやかな電飾が施された近所の住宅で
ニューヨークに到着すると私たちはグランドセントラルを目指す。
私たちが寄留する息子たちの家はマンハッタンから北のウェストチェスターにあるハリソ
ンという町にあり、そちらへ向かうメトロノースのニューヘブン・ライン鉄道に乗らねばな
らないからだ。
グランドセントラルの1階中央にある小さな時計台のようなインフォメーションセンター
で時刻表をもらう。ときどきNYに通うようになった最初の頃は、この時計の下が家族の待
ち合わせ場所でとても分かり易くて良かった。職員が2~3名カウンターを潜った中に居て、
小窓から何かと案内してくれる。カウンターの上にはこの駅から発車する列車の各停車駅用
のコンパクトな時刻表が並んでいる。時刻表は沿線の各駅毎に作られているから
「Harrison」用を探せば良い。それを手にして、これから乗る列車を決め、大きなコンコー
スの入り口側(42丁目側)の壁に並んだ電光掲示板で、乗るべき列車の発車するホームを
確認していく。(ホームが100番を越えるので間違えないようにしなければならない)
19時過ぎの急行(日本で言うと快速)に乗れそうだった。
通常、少し離れたところにB1へ降りる手摺のついた広い階段があり、その脇に公衆電話
が幾つかあるので、わたしたちはその電話からハリソンの家へ到着の電話を入れるのである。
ダイアルして交換手から「料金を投入せよ」との指示があってからクオーターを入れる。
NYの公衆電話は時々壊れていることがあり、交換手のメッセージを聞いてからでないと、
入れたコインが戻ってこないので損をしてしまうのである。慣れない頃自分の間違いかと思
って、何回もコインを入れ、悔しい思いをした。
受話器の向こうに孫娘が出て、ハリソン駅での迎えの時間を示し合わせた。
切符は乗車口へ向かう通路の脇にある自動販売機で買う。しっかりとシニア($15が$
8になる)で購入した。切符も買い方で値段が異なるようだ。インターネットで購入するの
が一番安く、次が駅、改札がなくて車掌が検札するが、車掌から買うと割り増しがつく。手
間のかかるほど割高になる勘定で合理性に沿っているとは思うが、複雑で返って不慣れな者
には非合理にも思える。
グランドセントラルの駅は中距離列車が日に500本を越え発着する。
1871年に建てられた由緒ある駅であり、1913年電化に伴い現在の駅に再建された。
その風格は私が知る限り、最も堂々としてていると思う。
同じニューヨークのもうひとつの駅ペンシルベニアステーションはアムトラックなど長距
離列車の発着する大きな駅で乗客待合室も備えているが駅全体の雰囲気はとてもグランドセ
ントラルには及ばない。
42丁目からの正面には時計とマーキュリーの像、その右に知の女神ミネルバ、左にヘラ
クレスの彫刻、その下に1862年に鉄道を創設したコモドア・バンダービルドの像がある。
さらに1998年改装され、今では100軒に及ぶレストランやショップをもつモールと
も呼ばれる存在である。
コンコースの大きさ、広さが気品を伴いなんとも気持ちよい。インフォーメーションの前
に立って眺めて居ると「NYに来た」という感じがする。
時間が決まっていて、その大きな天井に描かれた星座に照明が当てられると、プラネタリ
ウムのごとき夢の星空が誕生する。また、ステンドグラスではないが、教会の窓のごとく彫
刻で飾られた採光窓も素晴らしいし、私は時間が余ればこの駅に来て、帰りの列車を待つ時
間を費やすことをむしろ楽しみにしている。
1階の奥にある中2階から賑わうコンコースを見渡しているのも良いし、地下に降りて、
くだけた人々の集まりのようなデリで、コーヒーを飲むのも悪くない。こここそ、人類の坩堝
といわれるに相応しい多種多様な民族の交差点であり、いろいろな人々交流できる場所であ
ろうと思う。
地下1階の真ん中、ちょうど1階のインフォーメーションの下あたりには、待合のための
レザー張りベンチシートがあり、座ることができて都合が良い。しかし、いつも混んでいる
ので私は座った
ことはないが。ただ、ここからもホームへは行けるしレストルームもあるから、待ち合わせ
にはここがいいかも知れない。
ショップは1階とこの階にたくさんある。土産品やお菓子のほか、アメリカンの使うリー
ズナブルな文具・道具や小間物・衣類などもあって、私も帰国時の土産品をここで調達する
など便利に立ち寄ることが多い。
101番線からの急行列車はちょうどハリソン行きであった。
大きなスーツケースを持ち上げるとき、一緒になった乗客の紳士が助けてくれた。旅先で
親しげな親切を施されるとほんとに気持ちがゆったりする。
走り始めた列車は地上に出ると、ハーレムあたりの暗くなった街に灯るアパートの窓を映
しつつ、やがて次第に灯かりの少ない郊外の街へと進んでいく。
ハリソンの町にも大分なれて、親しみやすさを覚えるようになった。
このあたりには私の息子家族同様日本から仕事の都合で滞在する家族がかなり居るようで
駅の近くには日本人向けのショップも数軒営業している。
名前からしてそれらしい「おいしんぼ」は間口2間の何でも食料品店である。あるわある
わ、米、味噌にはじまって菓子パンは勿論、和菓子、冷凍食品、即席めん類などみな日本か
らのもの、ただし値段は対日比200%と踏んだ。店主は日本人であるが、いつも居る店員
は日本語の上手な若者、日本語が練習できて一挙両得だと言うスペイン人だった。
この店には週3回日本人向けの日本語タウン誌が置かれ、無料で提供されている。住んで
いる日本人には、貴重な情報源であるらしい。
すぐ近くに「はじめ」というとんかつ屋もあった。こちらも上品な接客ではあるが値段は
やはり200%と踏まねばなるまい。ニューヨークヤンキースの監督が近くに住んでいるの
で時々利用するというイタリアンレストランがあって家族で入ってみたら私たちの口にも合
い納得の行く店だった。こちらは値段もまずまずである。
人が住めば食は伴うから、フランス料理、中華料理みなそれなりの店を構えている。日本
人の経営する店ではなかったがドーナッツ屋さんもある。大きなスーパーというか現地で言
うモールはスタンフォードや、ホワイトプレーンなど地域の中心都市にいくつかあるようだ。
息子家族も週末の買い入れが決まりになっているようで、私も来るたび物見遊山がてら同
行する。
食品など買いだめするのにもっとも行きやすいのが、「Stew」ショッピングセンター
である。いまやこの牧場経営者の発想からなる商法は世界各地に話題をまいているが、アメ
リカならではの広大な牧場の中だから、隣り合わせにDIYショップや衣料品マーケットが
建つなど、車を使った周辺住民たちの絶好の日用品マーケットと化している。「Stew」
のマーケット以外は日本にも見られる店舗とそう差異はないが、「Stew」は違う。自家
製の乳製品は勿論のこと、野菜に始まって菓子やパン、また輸入果物の独自流通網による仕
入れなども加わり、大型ネットワゴンを曳いて店内を巡る客を飽かせない。肉類も自前の優
れた品揃えで商家の仕入れ人も訪れているとのことである。ここへきてワゴンの中に綺麗な
色をした果物や、大きなかぼちゃ、ピーマンなどを取り込むことには生活の楽しさを覚える。
店舗の入口にテーブルを置いて、デリ風に直売の果物から絞られたジュースや店舗内の工
場で作られたアイスクリーム、ハムバーガーなどが食べられるコーナーがあった。外部にオ
ープンで設けられた場所だから寒いだろうと、私は温かいコーヒーを飲み、中で買ったナッ
ツを口に放り込んで休みながら周りを見ると、大きな体のヤンキーたちは中には半袖も混じ
った薄着の連中で冷たいものをほおばり元気がいい。たまげてしまった。
クリスマスシーズンなので、アメリカではどこの家でも競って飾りつけるツリー用の樅の
木が飛ぶように売れていた。社会的には使用後の後始末も結構大変なようであるが、帰って
行く車の屋根には、これ以上大きいのは無理というほどの樅の木が乗せられてゾロゾロつづ
いて帰っていくのだった。
別の日にスタンフォードとホワイトプレーンのモールに買い物に出かけた。ハリソンから
は4~50km離れているが、フリーウェイで30分、モールには大きな駐車場が併設され
ている。(それでも土日には一杯になることが多いそうだ)日曜日の午後だったが、クリス
マスイベントでモールのセンターで地元の交響楽団が演奏会を公開していた。クラシックの
小品を何曲か聞いた。上手ではなかったが小さな子供から老人まで混じった、とてもファミ
リーな楽団だった。
ホワイトプレーンのモールはメイシーズデパートも連動した広大な建物である。メイシー
ズはマンハッタンの店より何となく高級感を抱かせる品飾りのようであった。マンハッタン
の店はいつも人がごった返しているせいか、あるいは売り場面積が足りないのか、商品が所
狭しと並べられていて雑然とした感じだし、そのため通路が狭く感じて窮屈だ。
ゆったりとしたスペースは高級感を持たせるにも効果的かもしれない。そのメイシーズを
取り囲むように3階建てのモールスペースと駐車場が建てられていた。モールの1~2階がブ
ランドショップ、3階は子供用プレイランドとデリである。
1階のショップは真ん中の通路と休憩コーナーを挟む形で両脇に店舗が並び2階は両脇の
デッキのように続く通路をところどころブリッジ風につないで寛げる場所を作ってあった。
CoochやGAPなどUSAの銘柄がほとんどだがルイ・ビトンなど欧州者に混じってM
IYAKEなど日本の店も混じっていた。
Coochの店に入って品定めをしていたが大半はmade in china だったのに驚いた。他
の店の物も同じようであったようだ。やはりいまや中国は世界の工場となっているのであろ
う。それでも、現地の人も含め私以外は気にはしていないようである。1流ブランドは強い。
夕方、モールから道を挟んで反対にある、「Cheeze Cake」というブランド菓子の工場とシ
ョップのあるビルの「モートン」というこれも評判のステーキレストラン食事をした。
前にも来たことがあり、ここもステーキだけでなくレッド・ロブスターを売り込んでいる
ようだったが、ロブスターは食べたばかりだったから、みんながステーキにしてワインを楽
しんだ。日本人の他の客もいたし、東南アジアあたりからの家族の人も他の席に見えた。東
洋人もずいぶんアメリカの人たちに混じって生活するようになったのだと思う。落ち着いた
感じの高級感たっぷりの店でリッチな気分を味わうことができた。
今回は私もレアに挑戦しようとしたが、ウェイターがうちのは厚いから半分は生ですよ!
と脅かすので、やはりミディアムにした。みんなミディアムだったが、はなはそれでもまだ
焼けていないと食べ残した。アメリカ人はたらふく食べないときがすまないらしく、最も体
も大きいのだが、私もやっと食べつくすボリュームである。その面でもはなが残すのは無理
もないと思う。アメリカの肉は日本で輸入に問題が起きているが、現地にあっても良いもの
悪いものがあるようだ。しかし、食欲はそんなことへの関心を遠ざけてしまっていた。
「Cheeze Cake」を買って破裂しそうな腹を抱えて家路をたどりながら、車中でクリスマス
の話題が出たこともあって、ハリソン駅の近くに屋敷をクリスマスのイルミネーションで一
杯にしている家があるとのこと、そちらに車を廻して降りてみようということになった。
サンタの生まれた建物、トナカイ、サンタクロースそのたもろもろのかざりが家屋敷の木
々を渡る電飾に艶やかな点滅で輝いている。家業がペンキ屋さんでアートの感覚は申し分な
いだろうから素晴らしい芸術というべきだろう。最近はあちこちにこういった嗜好を凝らし
ているところがあるらしい。たのしくて、豊かでいいように思う。
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