名前は鋭いが、効能が優れるドクダミの花
Music
by Music Cafe-Megumi Ichihara
(挿入曲 モーツアルト ソナタK331)
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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No631(A046)
「より良く人生を生きたい」
これは誰もが望むことだと思う。
しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
ののようにも思う。
だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。
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2020年7月1日
48.「畏れる」
風次郎
yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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今年は年初から新型コロナウィルスに世界中が襲われ、今まで経験したことのない生活を強いら
れている。発症以来半年たった今でも、これほど科学の進んだ社会でありながら、人から人へ感染
することがわかっている以外真の正体すらつかめず、健康に過ごしている人も保菌者ではないと言
い切れないということで、怖い。口から呼吸器へ入り、病状によっては死に至るというこの病禍で、
世界の死者は50万人に及んでいる。
このウイルスを恐れる。
さて、ことは単純に「おそれる」の言葉であるが、このたびは何か「恐れる」と「畏れる」の言
に導かれる人の道に示された天の声を聴くような辛辣な感じを持ってしまう。
貝原益軒の養生訓の一節、巻第一総論上の12には、『畏れるということは、身を守る心の法で
ある』と説かれている。師は、体を保護して養生するために、忘れてはならない肝要な1字として
「畏れる」を説き、それはつまるところ天道に慎んでしたがい、人間の欲望を畏れ慎んで我慢する
ことだと、慎みの心から出ずる「おそれ」を強調している。
「恐れる」には、通常怖くて逃げたくなったり、縮み込んでしまったりする単純な外から襲われ
る心理状況を感ずるのであるが、「畏れる」には自身が掲げた、未来に向けての自立精神に基づく
運命への敬意が求められる、――と考えれば、「恐れる」とは打って変わった求められる姿勢が示
されなければならないと言えようか。
宋代の大儒朱子も「敬」が「畏」の概念に近いと解したと言われる。
今や、私たちの身辺は世界の一角にありながら、もはや地球上のあらゆる地域のことも手に取る
ように分かる環境を得、事情に応じてどこへでも行くことができ、必要な物もそれなりに手に入り、
言わば不自由の無い、満たされた生活ができる恵まれた社会となった。
一方で同じ地球上に不自由な人が居ないわけではない。日常は他を見ないで生活しているだけで
あるということだろう。
その現世に生きる私たちは、この機に立ち止まって、このコロナ禍を恐れるだけでなく、広く世
界を見渡して、「畏れる」の世界で対処しなければならないのではないだろうか。
この病は「恐れる」から「畏れる」を示唆した時代の転換を示唆しているのかも知れない。
風次郎
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