風次郎の世界旅
 アフリカ南部の旅
(6)

      
チョベ国立公園入口                通路を横切る像のファミリー

6.ボツアナ・チョベ国立公園

 
                       現地2日目(10月31日)
                      ホテルキングダムの朝食は昨夜と同じロビー階から見渡せるダイニングのビュッフェであった。パイ
                     ナップル、バナナ、リンゴ、オレンジなどが山盛りのテーブルから気に入った物を多すぎる程取り寄せ、
                     いつも自宅での朝食の通りヨーグルトとコーヒーでパンを戴いた。
                      はながブルーベリーの実が有ることを教えてくれたので追加したり、ドライフルーツのコーナーに干し
                     葡萄やナッツ、クルミ、松の実などがあって、好物とする私は嬉しかった。卵焼きは戴いたが、いつも
                     口にするハムやソーセージは食べなくて済ませた。パン創りはホテルや、レストランでの持ち味が違う
                     から楽しみだが、ドライフルーツは世界中何処でもおなじに食べる事が出来て、好きな者には有難い。
                      さすがにフルーツの新鮮さはアフリカが好いか!と思う。テーブルに乱暴に積み上げられた感じがか
                     えって新鮮さを倍加しているように思えた。パンもとても美味かった。
 
                      8時にホテル前からバスに乗り込み、今日はボツアナへ入国てしチョベ国立公園の動物探訪である。
                      昨日ヴィクトリア瀑布を案内してくれたガイドのブライトンが、「モロイー」と言って乗り込んできて、2〜
                     3のショナ語を紹介した。アフリカ大陸南部の地域、いわゆるサファリでは動物の自然保護に力を入れ
                     ているが、心無い密漁が後を絶たず「悪い奴は、どんどん少なくなるサイの角が高く売れるので狙って
                     いるのだ」などと話した。サイの角はKg50万ドルもの値段がついているのだそうである。
                      彼は片言の日本語を口にして皆を歓こばせたが、加えて添乗員、萩原さんの通訳が滑らかで雰囲気
                     は盛り上がっていった。
                      ホテルの近くが、ビクトリアフォールズ市のビジネスセンター地区ということで銀行、郵便局などと
                     並ぶ土産物店舗のある真っ直ぐの道をボツアナとの国境ヘ向って行くのである。
                      街並みはすぐに終わり、所々に背の高い樹もあるがブッシュの広がる起伏の砂地に舗装道路が続い
                     ていた。サバンナの荒野を行くといった感があったが、20分ほど走ると国境であった。
                      昨日ザンビアからジンバブエへ入国した時のように大型トラックの長い列が出来ていたが、人の窓口
                     は空いていた。一人一人がパスポートを持って検閲を受け、さらに検疫と言うか、消毒と言うか地面に
                     置かれたパンの上で靴裏を濡らし手続きを終えた。
                      バスは、玄関口カサネの町外れを通過したようだった。民家や、食堂らしき簡素な建物に、地元の人
                     々の素朴な普段の姿があり、日常の生活風景を見るようであった。

                      チョベ国立公園は広大であり、私達が訪ねたのは北東部のセロンデラ地区というチョベ川の沿岸地域
                     であった。ビクトリアの滝に近いため、最も観光客が多いエリアとのことである。 
                      チョベ川はザンビアと接しているが、中洲がどちらに属するかで揉めた結果、川底の深さを測りボツ
                     アナ領に決まったのだとジープの運転手兼ガイドが語った。成る程中洲にはボツアナの国旗が翻ってい
                     るのが見えた。

                      午前中はジープで陸地からの探訪した。(本稿No1に記載)

                                                ○

                      陸側の探訪を終えた私達は、公園内のロッジで昼食をとった。皆夢中で動物たちに見入ってきたよう
                     だった。私も腹が減って、心地良い一汗にビールを飲み干し、サラダと何の肉だかわからないと(イン
                     パラだと言う人もいた)言うソースの利いたこってりした肉を美味しくいただきつつ、楽しい仲間との
                     会話で過ごした。
                      標高1000mもある高地だと聞くのに少し暑かったから、デザートのアイスクリームもとてもおい
                     しかった。

                      そして、午後は船上から川を往来しての探訪(ボートサファリ)である。
                      船はロッジに設けられた桟橋に繋がれて、私達が乗り込む為にほぼ30人の椅子がデッキに用意され
                     ていた。午前中に陸地から眺めた中洲にも近づいて、さらに動物たちに近寄って親しむような観察をした
                     い気持であった。
                      チョベ川沿岸はハチクイ(全体が緑色で20cm程の鳥、「チィッ、チィッ」と鳴く)の生息地であ
                     り、また乾季に入るとアフリカゾウやアフリカ水牛(バッファロー)が水を飲みに訪れるところ
                     のようである。最大の特徴はそのアフリカゾウの生息数の多さといわれる。
                      青々とした草原、チークを含む林などには、現在も 50000頭が生息しており、これはアフリカ大陸で
                     も最も生息密度が高いとのことである。ここに生息しているゾウはすべてカラハリゾウと呼ばれ、地球
                     上で最も大きなゾウとのことだ。少し脆くて短い象牙が特徴だが、その原因は土の中のカルシウム不足
                     といわれている。
                      いくつかのエリアではゾウが増えすぎることの弊害もあって、実際、間引きが検討されたこともある
                     が、これまでのところ一度も行われたことはない由。1970年代から1980年代にかけては大量の密猟が横
                     行し、1990年には数千頭まで減少したが、その後は確実にその数を増やしているようである。
                      動物たちは乾季になるとチョベ川にやって来て、雨季には公園の南東部に広がって滞在するとのこと
                     だそうである。
                      陸地側から2頭の像が川に入り中洲に渡りはじめると、皆の視線はそこに集中した。中ほどでは背が
                     隠れるほどの深さと流れの速さに躊躇したが、やがて像たちは悠々と渡り切った。
                      中洲には沢山の像の群れや、バッファロー、インパラの群れが草を食んでおり、のんびりとした光景
                     の広がりであった。さすがに格闘の気配はなかったが、ハイエナの姿も見た。水際では2頭のカバが泥
                     に入ったり出たりして戯れていた。
                      
                      ボートが陸地側に寄って行ったので、岸に近い草叢を見ると3メートルもあるワニが横たわっている
                     のだった。奥の方には他にもいる気配であった。ワニは長い時間ジッとして動かなかったが、奥から出
                     てきた子供らしい小さなワニが陸の方へ向かうとそのあとを追って移動して行った。
                      誰かが「あれは何だ!?」と叫んだので、その方へ眼をやると、小さな頭と嘴を出した鳥が岸に近い
                     水辺にいるのが見えた。ボートのガイドが「ヘビドリだ」と教えてくれた。ヘビドリは鳥であるが、浮く
                     力が弱く水中に入ると体が沈んでしまうので長い首(ヘビのよう)から頭だけ出して泳ぐのだそうだ。
                     ただその嘴が鋭く魚をやっつける事が出来るのだそうである。

                      川を上って行くと丘と中洲を渡る猛禽類も多く観る事が出来た。ハヤブサやイヌワシの仲間が上空を
                     舞っているのが優雅に見えた。が、ここは単純な弱肉強食の世界、彼等はいつも獲物を狙っているのだ
                     という。頑なに生きる一方で、動物は如何にしても終末を余儀なくされるのであるが、ここでは彼らが
                     その後始末をすることによって、大型の棲息動物も含めた互いの自然界の摂理が展開しているのであろ
                     う。
                      私達は中洲の彼方に横たわった巨大な死骸に他の動物たちの群れる光景も見た。そして、所々には巨
                     大な白骨の転がっている風景もあった。生き物の自然との共生という原理でもあろうか。                      

                      川から眺める陸地の丘には午前中に見たインパラたちが沢山いた。となりに続くリニャンティ地区へ
                     入るとライオン、ヒョウ、リカオン、ローンアンテロープ、セーブルアンテロープ、などが高密度で生
                     息しているとのことだったが、それらは今回は観ることはできなかった。

                                                   ○

                      船を降りて公園を後にし、再び国境の検問を通過した。
                      すでに夕刻4時になっていたが、まだ陽は高くボツワナの陽射しは強かった。ボツアナに過ごした短
                     い一日が終わろうとしていた。バスは緩い起伏のサバンナを走っていた。
                      国境に居た大勢の人々は、いろいろな服装をし、それぞれさかんに会話をしていた。私には、このアフ
                     リカ南部の人々、民族、それぞれの違いを見分けたり、感じ別けたりすることは出来ない。が、同じ黒人
                     同士とは言え、恐らくはそれぞれに個性的な特徴があるのであろう。同じ大地に、国境線ひとつで人の生
                     活は大きく異なる事さえあるのだから。
                      ボツワナ共和国は、今日本との友好関係がとても進んでいると聞く。また、かつて、資源に乏しく、
                     厳しい風土に加え、他の植民地との位置関係で恵まれなかった時代を経て、現代は新たな鉱物資源の開
                     発と経済運営に成功した。いま、イギリス連邦加盟国であるボツワナ共和国はアフリカの優等生と呼ば
                     れるようになったということである。
                      しかし、まだ途上にあると言わざるを得ないであろう。南部アフリカの内陸に位置し、標高は1000m、
                     面積60万平方kmの国土は、周囲の地域に比べると標高が低い平原の国であり、カラハリ砂漠とその周辺
                     地帯のステップ(草地サバンナ)が大部分を占めている。降水量は農耕にはまったく不十分と言われ、
                     だから国土に占める耕地面積は2002年においてもわずか0.7%にすぎず、主な産業は長らくウシの放牧で
                     あったのだ。アフリカ大陸の中でも特に辺境であろう。少量ながらの金の産出が慰めのようにさえ視ら
                     れていた時代が長かったのである。
                      かつて相応に平和であった民族の国、ボツワナの運命を変えたのはヨーロッパ人の侵入であったと言
                     われる。ここでも英セシル・ローズの政策により、周囲の英植民地すべてが搾取の対象となったに由来
                     しているのである。
                      人類同士の対立は、まだ忘れ去られる時に至っていない。幸にして、この国の人々とも、今友好関係
                     に恵まれた私達は、宿命の過去を捨て去って、未来への希望の中に生きることを、私は今日の動物たち
                     との戯れの中に見据えたいとボツアナの帰路に思うのであった。

                      自然にかえる心の倖せ感を得られた、平和な一日であった。
    
                                                                          風次郎
                     アフリカ南部の旅(7)へつづく

  
バッファロー                           カバ

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