風次郎の世界旅
 アフリカ南部の旅
(15)

        
                港近くのショッピングモールへ          

15.ケープタウンのショッピングモールとシグナルヒルの夜景


                       ケープタウンへ向かって、テーブルマウンテン国立公園のブッシュ地帯を延々と約1時間半は走った。
                      やがて草原から市街地が見渡せる丘の上を過ぎるとバスは傾斜地を下り、ケープタウンの市街地に入
                      り、街並みを港へ近づいて行った。車窓からワールドサッカーが行われたスタジアムが見えた。
                       私達はビクトリア&アルフレッド・ウォーターフロントのポートサイドでバスを降り、ビクトリア・
                      ワーフ・ショッピングセンターへ向かった。そこでは現地のスーパーでショッピングを体験するのであ
                      る。
                       私も海外へ出た時にはスーパーやコンビニに立ち寄るのは好きで、その地のローカルライフを知るに
                      恰好な処だと思っている。出入りするご当地の人々に生活表情をうかがい知るチャンスでもあり、楽し
                      みだった。
                       店内では夕方の帰宅途上と思われる人たちが、それぞれに籠を満たしてレジへ向かっていた。今やこ
                      ういったスーパーの風景もグローバル化したから、棚にある商品の種類や値段などでしかご当地の特徴
                      は掴めなくなったような気がする。従業員は殆ど黒人、客には黒人も白人も居たが中心市街地だけに身
                      なりも整った人が多かった。
                       スーパーの商品の野菜果物では、スイカが細長くて日本のまくわ瓜のような形をしているのが珍しか
                      った。店員に聞くとまん丸で縞模様のスイカは無いとのことだ。10×20cmのもので49.9ランド(
                      約¥500)だった。立派なセロリが5本束で19.9ランド(約200円)は安いと思った。ジャガイモ
                      は5個で¥300などの値段は日本と同じか?、葱は棚に無かった。
                       はなと2人で気軽なお土産を探したが、お菓子は上級品が見当たらず、いつもの通りご当地のチョコ
                      レートやクッキー、それにコーヒーを買って大分な荷物をこしらえてしまった。ビスケット私の好物だ
                      から1個偲ばせておいた。

                       買物を済ませて、近くのレストランで旅の最後の夕食会が行われた。
                      今回の仲間は旅慣れした気持ちの良い人達ばかりで、すぐに仲間になれて良かった。添乗員の萩原さ
                      んも誰一人誉めない人がいない抜群の優れた人だった。名残惜しい気持ちを語りつつ、思い出話に花が
                      咲いた。
                       私もはなと一緒に地ビールとクランベリーのジュースを飲み、野菜サラダやステーキを戴いた。ステ
                      ーキはソースが濃く、後に残る程堅く焼かれた肉はいまいちだった。結局アフリカ南部のステーキは私
                      にはあまり合わなく終わったようだ。懇談と地ビールで少し酔った。
 
                       ホテルへの帰路、朝登ったテーブルマウンテンから見えた夜景の名所シグナルヒルへ寄った。
                      港から市街地を挟んだ南の丘からの眺めは、眼下一杯のケープタウンの瞬きを観た。
                       ホテルへの到着は21時30分であった。7時間の時差を進めると日本はもう11月4日に入ってい
                      る。明朝は早朝から帰路に着くのである。
                       手早く荷物を片付けて、床に入った。

                                                    △

                       夜中に目が覚めると、遠い南半球の国にあることが不思議に思えた。
                       たった1週間の旅にも拘らず、多くの見聞に触れたように感じた。旅はいつもとても長い時が過ぎた
                      印象を齎すようだ。
                       薄明りが流れるように部屋の窓の向こうに動き、ここが都会のホテルの中であることで我に返る。
                       天井を見つめたまま、色々な感慨が頭の中を過ぎるのをただ捨て去る事が出来ず、しばらくこの国を
                      思い起こしていた。
                       いま、尚も思われるのは、あまり触れることのできなかった現地の人々、殊に黒人の、地域に長い歴
                      史を積み上げてきた民族のことであった。
                       南アフリカ――プレトリアでは贅沢な住宅街を見たのが殆ど、ヨハネスブルグとケープタウンでは繁
                      華街の一角のみであったから、そこは先進民族による文化が持ち込まれた近代化された場所で、庶民の
                      生活を見た訳ではない。あの豪邸の主の中に、黒人富裕層はどのくらいいるのだろう。庶民の大半は観
                      光地にまでなっている貧しい人々の暮らしであるに違いない。
                       南アフリカでは、行政の府プレトリアがツワネと呼ばれるようになり、国会はケープタウンに置かれ
                      ている。司法の府はブルームフォンテーン(マンガウング、最高裁判所)と、広い地域に首都機能を分
                      散しているのは何故なのか。
                       それは、歴訪してきた国々が、皆原住民の貧しさをかかえつつ、今近代化に向かって懸命な努力をし
                      ている様子と全く重なっているようにも見えた。民族の合同は難しいのだ。
                       文明を率いた白人が、文明の力を使って資源を欲しいがままにしたばかりか、民族の社会体制にまで
                      も優位性を定着させてきたのが過去遺産で、それは今日でもその影を引きずっていると言わざるを得な
                      いように思えた。社会の片隅には、その実態をあからさまに見る事が出来るのである。
                       あたかも野性の像達の生態に見たように、強きものが弱きものを支える生態の原理に叶って生きなけ
                      れば、理に叶った解決を見ることは出来まい。
                       この地がサバンナから海洋性へと通ずる地で、思っていたより居住性に適合する気候の地であること
                      も分かった。
                       さらに、鉱山資源の宝庫であれば、自然を生かしつつの発展はこれからも世界の注目を浴びるであろ
                      う。
                       一方で、アパルトヘイトはまだ終わっていない、との実感が残る。平和な個々、互いの人間社会を実
                      現することこそ、全ての下地なのである。人は何故闘わねば生きられないのだろう。
                      
 
                                                                               風次郎
                      アフリカ南部の旅(16)終章へつづく

        
              スイカは細長い                 シグナルヒルからケープタウンの夜景    

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