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風次郎の世界旅
 懐旧の王国・中欧の旅
  [オーストリア・チェコ・スロバキア・ハンガリー]

music by ASAO虹の音色


陽を浴びる街並み(C.クロムロフ城の塔から) 

 (3)チェスキー・クル 
                         朝のうち霧が少しかかったが、白い煙のような霧は日が高くなるにつれて薄れて
                       行く。中欧の平原をバスで走って行く。
                        ほとんどが牧草地であろうか、なだらかな起伏の続く富んだ大地は綺麗に刈り取ら
                       れた草原である。遠景に高い山らしきものも見えない。ところどころに牛や馬が遊んで
                       いる。
                        視野に入る建物はだいたい丘の上に建ち、整った、割合新しく見える家である。
                       農家に違いなかろうが、絵になる装いで、ガラクタではない。乱れてもいない。
                        のどかな風景と言うべきだろう。
                        バスはそんな田園風景の中の道路をひたすら進んでいく。ハイウェイではなく一般
                       道路である。と、気がつけば「なんとスムーズな走りだろう。」と思う。ウィーン市内を離
                       れてから渋滞がなかった。
                        国境はフリーパスであった。時には運転手が簡単な手続きをしなければならないよ
                       うであるが、EU統合の効果はこういったところで大いに発揮されているようである。
                        昼を少し廻ったころ、バスはウィーンから270kmを走り終えてチェスキー・クロム
                       ロフに入った。田園風景を離れて、小さな峠を越え、坂を下り始めるとヴルタヴァ川が
                       見え、しばらく川沿いを併走した後、駐車場に着いた。
 
                        この街に住んでいるというオフアさんという30歳前半にみえる男性のガイドが私た
                       ちを案内してくれる。あごひげを蓄えたハンサムな方で、日本にも2回来た経験がある
                       そうで、親しみ深い日本語を使った。
                        そもそもが、クルムロフとはチェコ語で「川の湾曲部の湿地帯」の意味だそうである。
                       だから、町の名は「チェコの川湾曲部−−−」と訳される。
                        そのとおりヴルタヴァ川が描いた川の中の、茶巾絞りみたいな形の中にある美しい
                       町である。
                        島のように川に囲まれた町の東外側が小高い丘で、そこに城が聳えている。
                        オフアさんに従って傾斜地を少し登り、城の高い渡り廊下の橋げたを潜り抜けるよう
                       に造られたトンネルを抜けていくと、そこに川が流れ橋の向こうに街並みがあった。
                        川の畔、外側には落葉樹の林が広がっており、午後の陽を受けて色づいた木の葉
                       が輝いている。 川は清流だった。
                        早速メンバーは橋の上からの写真撮影に熱を入れた。

                        少し歩いて町の中心部にある広場まで行き、昼食のためにレストランに入った。
                       市庁舎の向い側の建物で入り口に「MASTAL RESTAURECE」と、飾り文字で
                       書かれていた。
                        中に入ると奥のほうは丸い天井洞窟のような部屋になっていた。
                        20cmもある大きな鱒の塩焼きが御馳走だった。
                        予想したとおり、いよいよ主食のジャガイモが現れたが、鱒の塩焼きには相性が良
                       いようで旨かった。鱒はここの名物のようだがここで捕れるのだろうか、やはり世間体
                       は世界共通で養殖なのだろうか、それにしても日本人より大食の欧米人向きを思わせ
                       る大ぶりの一匹がでた。日本のお膳に乗る大きさのものでは、ここでは小さすぎるのか
                       も知れない。

                        広場は市役所を中心にみやげ物店、レストラン、ホテルに囲まれ銀行もあった。
                       私はそこの銀行で$米をチェコのクローナに変えた。
                        ここに通ずるのは小路ばかりだが、何処からか車が入れるようになっているのだろ
                       う。小型の車とすれ違うことがあった。
                        広場には聖母マリアの塔が立っている。これは欧州広域にペストが流行った時代に
                       人々を守る願いがこめられて建てられたものだそうである。
                        聖ヴィトゥス教会は広場から少し入り込んだところにあって、大屋根と尖塔が広場か
                       らも見えた。内壁が白く塗られ天井を支える柱のカーブがすっきりと描かれている。
                        礼拝堂右手の中2階に古くから使われているというパイプオルガンがあった。高さ
                       4mほどの小さなものであるが、信徒に大切に用いられ今でも現役だそうである。
                       清楚な感じのする礼拝堂で気持ちよかった。

                        教会を出てオフアさんに従ってクルムロフ城に登っていく。
                        何時の間にかすっかり雲が取り除かれた青空から、少し西に傾き始めた晩秋の陽
                       光が、爽やかにそそぎ、高みから見る街並みはますます輝いて見える。
                        クロムロフはオーストリア、ドイツ国境沿いにあるチェコ最大の国立公園シュマヴァ
                       国立公園に近い山中の町である。ここからは低い遠山も見えていた。
                        そもそもチェコの国土は10世紀にボヘミアの民によって形成されたものである。
                        以後幾多の曲折を経て、第2次大戦に至ったのであるが、その間、町の伝統的な
                       住民の多くを追放されたことは、クルムロフのコミュニティーにとって大きな打撃となっ
                       た。町は1945年以降荒廃状態にあり、住居の多くは、その主を失い、一時、無人と
                       さえなったのである。
                        さらに1948年の共産主義化により、城郭などの歴史的建造物が「封建時代の遺
                       構」とみなされ、価値を否定されたことも、その荒廃に拍車をかけたのであった。
                        チェコの文化遺産が徐々に修復されるようになったのは、いわゆる「プラハの春」が
                       訪れた1960年代後半以降のことであった。
                        しばらく、眠らされたように放置されたクルムロフが、再び観光行政に認められ、世
                       界遺産に登録されるようになって、今一躍脚光を浴びているのである。
                        狭い門を潜り抜けて中庭に立つと、4周の壁は見事なルネッサンス様式であった。
                        見事というのは、それが優れたフレスコで描かれたものであることを解説されるまで石
                       を積み上げられて完成されたものであると、私は疑わなかったからだ。説明を受けて
                       壁に近寄ってみても着色を確かめるほど眼を近づけなければ分からないほどの精緻
                       なフレスコであった。
                        このようなフレスコはヨーロッパには至るところに用いられているとの事で、フレスコ
                       技術の発展した背景の一つが始めて理解できた次第である。
                        町に入って以来見上げ続けた塔に登るのは有料であった。シニアは3割引だという
                       ので躊躇無く入って行った。シニアは私だけだった。
                        観光客の歩行で磨り減った階段が螺旋状に続いており、頂上の三角屋根の下は回
                       廊になっていた。
                        やはり、この塔の上からの町の眺めが素晴らしかった。紅葉に囲まれた街全体の
                       屋根が、周囲に続く森の中で静まり返っているように見えた。北西彼方にはシュマヴ
                       山脈の細い山並みが浮かぶように見えていた。
                        絵葉書に見る美しさそのものであった。この旅の見たいと憧れた風景であった。
                        私は風景の美しさには、山脈の遠景が加わるのが良いと思いながら眺めた。

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可愛い教会のパイプオルガン             見事な城中庭に面した壁のフレスコ    

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