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バスに乗って南駅とリンクの間にある「ベルヴェデーレ宮殿」へ行った。
ベルヴェデーレはイタリア語「美しい眺め」の意味だそうである。この宮殿はハプスブルグ家によって造られたのものではない。
レオポルト1世から続くハプスブルグ家3代の皇帝に仕え、オスマンからオーストリアを防衛した実力者オイゲン公によって建
てられたものである。大将軍(大貴族)は王様並みの宮殿を持つことができたということだろう。
18世紀バロック様式の噴水を配した庭園が文字通り美しかった。その池に、すっかり晴れて広がった青空が映り、白く左右
対称に両翼を広げた迎賓用の上宮、住居用の下宮両建物が、池を挟んで清楚に整然と輝いていた。両建物とも美術館にな
っておりバロックから19,20世紀の彫刻や絵画を展示しているとのことだったが時間がなく絵画鑑賞を割愛したのが残念だった。
そこからウィーン名物のトラムに乗って市街地の中心オペラ座(オーパー駅)まで行くことになった。赤と白に塗られた可愛い1
両かまたは2両連結の路面電車が市内にいっぱい走っていて、これを使った観光はさぞ楽しいだろうなと思って乗った。もっとす
いているだろうと思っていたが、車内は昼間の山手線ぐらい(座った客と立った客が同じくらい)の混みようで、地元の人が多いよ
うだった。車窓から街の様子を眺めるだけでなく、すれ違う他のトラムに注意してみたが、やはり相応の混雑である。
路面電車のもつ庶民ムードはなんともいえない親しみ感がある。
ウイーンはこのトラムと路線バスも赤と白の清楚なトーン、それに地下鉄が加わって公共交通網が充実しているようだ。しかも
乗車券が共通で1時間以内の乗換えならフリーだとのこと。街の中のいたるところにあるTabak-Traficの看板を掲げたタバコ屋
で扱っているので、とても便利である。私は翌朝一人で街に出てきたがTabakは早朝からネオンで示されており、これならどこで
も買えて安心だと思った。また大方はこの街に長く住んでいるおじさんおばさんが店番をしているので、ドイツ語は難しいが切符
を買いながらの触れ合いは楽しかった。
オーパーでトラムを降りてオペラ座を目の当たりにした。オペラ座では夜のバレー公演「オネーギン」を観ることになっている。
オーパーの交差点は緑地公園のように続くリング通りとシュテファン寺院へ向かうケルントナー通りが交わる大きな交差点である。
そこからは自由時間ということであったが、集合場所にすぐ近くのカールスプラッツ交差点角にある「WALTZ(ワルツ)」という土産
品店が指定されたので、まずはそこまで皆で歩いていった。
「ワルツ」は日本人も大勢働いている、バラエティーな商品を揃えた感じのいい店だった。女性たちはすぐに買い物を始めたが、
とりあえず買ったものを預けて、私たち4人のグループは街へ出ることにした。
最初に昼食をすることにし、折角のウイーンだからと、カフェに入ることにした。
ケルントナー通り シュテファン聖堂内
オーパーの交差点を渡って、オペラ座のすぐ裏手が有名なホテルザッカーでそこに「ザッカーカフェ」があったが、さすがに人待
ちがあるほどの混雑振りだったので、それではと同じブロックを少し左へ廻って銘店「カフェモーツアルト」へ行った。そこもかなり
の混雑だったが、中に入ってウェイターに4人の席を頼むと、運よく窓際が空いてソファーを確保できた。
ウェイターは英語が使えたがボーイはだめだった。しかし、さすがに人気カフェだけあって客あしらいが丁寧で気持ちよかった。
窓から王宮の一角が見え、カフェとの間は小さな広場になっていた。この広場にはモーツアルトの像が建っていたのであり、それ
がちょうどこのカフェの前にあったのだが、それは今王宮の庭園に移転している。
皆でサラダとビーフのサンドイッチをとり、ウインナコーヒーで食べた。勿論お勧めのデザートは甘いりんごパイのケーキが出た。
記念?に全部平らげた。内心はケーキの甘さにうんざりした。
昼を済ませて、先ずウィーンきっての国際色豊かな通りと言われているケルントナー通りを聖シュテファン寺院へ歩いた。
高級ホテルがいくつも並んでいたうえに、何と大蔵省がこういうところにあるのに気づいた。
道路に面した場所は、世界のブランド品を掲げる店とともにワゴンや屋台で埋っていて、大道芸人も出ての昼の賑わいは大変
なものだ。写真のセミプロHさんはパントマイムの芸人を捕まえて盛んにシャターを切っていたし、Mさんは街の名所を描いて並べ
ている学生風の男に取り入っていた。
聖シュテファン寺院は塔に工事の足場が組まれており、壮大な全容を見ることができなかったのが残念だったが、136mのゴ
シックの尖塔、独特のモザイクで飾ったカテドラルの大屋根や壁は、くすんで黒味を帯び、凄みがあった。全体はロマネスクで建
てられゴシック様式に改装されたという。ウィーンの代名詞と言われるだけあって正面広場には国際色豊かな人々が、高い尖塔
を見上げる姿が広がっていた。
私たちはカテドラルに入った。
ここがハプスブルグ家歴代皇帝の葬儀の場であり、地下にはカタコンベもあるという。席にしばらく座って荘厳な雰囲気を味わ
った。祭壇の歯痛で苦しんでいる表情をした「歯痛のキリストの像」がユニークであったが、やはりどこの聖堂でもつくられている
色鮮やかなステンドグラスからもたらされる静かな光を、私はキリスト教の教える静かな心かと受け止めて見回していた。
聖堂からもう一度ケルントナー通りを通って、こんどは王宮へ向かった。王宮はミヒャエラー宮といわれる。正面門前の広場に
はローマ時代の水道遺跡があったが、何となくずさんな管理のままで大事にされていないように見えた。
王宮は、宮殿の中央が通り抜けられるようになっていて(ミヒャエル門)、建物を過ぎると、中庭をはさんで宝物館、礼拝堂、国
立博物館などの施設があった。右手の皇帝の住居に使われていた部分は、人気の王女エリザベートことシシーの博物館になっ
ていたが月曜日で休館だった。
さらにその先は緑地を囲むヘルデン広場が開けていた。広場はちょうど左手新王宮の前庭に当たる設計である。新宮殿も民
族博物館になって開放されている。その向こうはリンク通りを隔てて自然史博物館、美術史博物館、レオポルド美術館と続き、
王宮施設の建物群は総じて市民の博物館に利用されている印象を受けた。
芸術の都ウィーンはそのレベルの高さも、注目度もヨーロッパの中心としてハプスブルグ遺産の上に横たわっているといった
感じである。
リンク通りへ出てから新王宮の裏手にある王宮庭園に入った。そこで私たちは、先に昼食をとったカフェモーツアルトの前の広
場に、かってあったモーツアルトの立像を眺め、記念の写真を撮った。西側のオペラ座側通りには文豪ゲーテの像も立っていた。
市内のあちこちにたくさんの芸術家たちの像が建てられていることで、訪ね入る人々は自然に芸術への親しみを誘われるよう
な気がする。
もう一度帰国する前の買い物を、と言う女性群の気持ちを大事にして、一緒に「ワルツ」に戻ったので、私は交差点を渡ってカー
ルスプラッツの駅のあたりを歩くことにした。
「ワルツ」の前はフリードリッヒ通り、その交差点の向こう側がカールス広場の緑地帯で交差点寄りにオットー、ワーグナーの作品
である地下鉄のカールスプラッツ駅舎があった。壁ばかりでなくアーチ型にした飾り屋根の縁取りにも華やかな金箔の模様を施し
たおしゃれなもので、格好なカフェに使われている。建物は対にもうひとつあってそちらはワーグナー博物館になっていた。
ヴィーンツァイル通りとの5叉路になっているので、路面電車はその脇をカーブしてロートリンガー通りの方に乗降ホームが設け
られていた。広場を一周し、ウィーン工科大学とここも工事中のサンピエトロ寺院に似たカールス教会を眺めて「ワルツ」へ戻った。
彼女たちの買い物は限がないようであったが、夕方の準備もあるのでとオーパーから地下鉄でマイドリングハウプトシュトラーゼ
駅へ戻りホテルルネサンスへ歩いた。
さていよいよウイーンも最後のイベントだ。オペラ座のバレー鑑賞で最後を飾る。
わがツアーメンバーの女性群も着飾って勢ぞろいし、市内へ向かうバスの人となった。5時を廻っていたから沿道の建物は既に
灯りに輝いて、次第に慣れてきたと言え彫の深い壁が、ウィーンの華やかさを余すところなく見せてくれる。20分ほど地下鉄の走
る運河沿いの道路を走ってオペラ座に着いた。
入場の前に近くのケルントナー通りにある『WIENER WALD(ウィーンの森)』というレストランで夕食会が行われた。
白い建物の丸く張り出したポーチに丸い球状の照明をつけたお洒落な入り口のあるレストランであった。ステップを上がりながら、
つくづくと女性は着飾ったほうが良いと思った。それだけで会場が豪華に和む。
赤いテーブルクロスが白壁にしっくりと馴染んで、部屋のレイアウトも清楚な雰囲気のレストランであった。
上品な、少しボリュームのありすぎるヴィナーシュニッツェル(薄く仕上げた仔牛のカツレツ)を十分味わうことができた。少しすっ
ぱいスープはちょっと馴染めず、私は、はなと一緒にワインを戴いた。
このツアーグループではこれが最後の晩餐だった。集団で移動する大家族のような慣れた触れ合いをしばし楽しんだ。
オペラ座の開演は8時であった。あらかじめ添乗員からプログラムの解説が渡されていただしものは、チャイコフスキーのバレー
「エフゲニ、オネーギン」、原作はロシアの田舎暮らしの地主の娘(タチャーナ)と都会の女心をもてあそぶ貴族男(オネーギン)の
恋物語である。が、真髄は純粋素朴なロシア魂を描いたプーシキンの韻文で書かれた傑作といわれるもので、チャイコフスキーは
これをオペラ化したのである。今回はウィーン国立バレーの公演であた。
館内に入ると黒いコートを着た紳士然とした男性の案内人が、仰々しく5階の指定席まで案内してくれた。職員は胸に名札をつけ、
皆親切でマナー抜群であった。
折角のオペラ座で5階ではちょっと情けないと思いつつも、ツアー団体での手配ということでは仕方のないところだろう。
席まであがって見ると、ステージは最初谷底を見るような感じに思えたが、次第に会場が人で埋まってくると、オーケストラボック
スも良く見え、全体に遮るところが無くてまずまずだったと思う。私はただただ世界の音楽芸術の殿堂であるところの雰囲気に浸る
ことで満足した。
行きのオーストリア航空の座席に、「一望千里」という日本語版の、旅行者には大変魅力的な冊子が配布されていた。その巻頭
に30ページにわたってこのオペラ座の紹介がなされていたので、私は都合よくいろいろな前知識を得る事ができた。
大戦で爆撃され10年の歳月をかけて、国民ばかりでなく世界のファンが待ち望んだ再興が成ったこと、名指揮者カラヤンのスター
歌手起用が、世界3大歌劇場の地位へ導いたこと、現在、日本の小沢征爾が音楽監督に就任していること、舞台と舞台裏は合わ
せると1100uもあり、オーケストラピットも110人まで演奏できるとか、舞踏会には舞台の高さまで上げられるなど設備のこと、
また表で活躍する人達だけでなく、歌劇団やオーケストラの編成の成り立ちなど、その冊子を手にしながら確かめることができて
とても助かった。
2幕3場のバレーは盛大な拍手と観客の歓呼で指揮者が10回も登壇し、最後は楽団の全員が立って喝采を浴びて終わりを遂
げた。皆満足して帰路に着いた。ウイーンの旅のラストナイトにふさわしいイベントであった。
王宮庭園内モーツアルトの像 開演前のオペラ座
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