風次郎の世界旅
   南フランスからパリ2007秋
   
   

                                                    BGM by ASSO 「虹の音色」


Hotel Quality Harmonie 

          8.トゥール

               ホテルは駅前広場からちょっと脇に入ったところにあり、トゥールの夕食会は駅
              の建物にあるレストランで行われた。
               ジヨージがバスを置いて駆けつけてきた。いつもは運転者は別席で食事をする
              のだが、添乗員の田上さんに断ってジョージを私の隣に誘った。ジョージはすでに
              ニース以来3日同行だったし、190センチもありそうな長身で、笑顔が優しくグル
              ープの人たちにとても親しく人気を浴びていた。
 
               私はフランス語は全くだめだが、ジョージの相手になるぐらいの英語は大丈夫だ
              と思ったし、ジョージもかなりの日本語ができるようで、周りの人も一緒に楽しい夕
              食会になった。彼は小学生が2人いる家庭を持ち、ニースに家を持って大体1週
              間ツアーの運転をしてはニースに戻るのだそうである。
               彼との話で、フランスは労働者保護が徹底しているので、5日を超える運転にな
              ると運転手が交代しなければならず、当然1日8時間を越える運転は禁止されてい
              るとも聞かされた。彼は今回のスケジュールは丁度パリで別れれば都合がいいの
              だとも言った。
               パリ育ちだがニースが好きでもうほかで暮す気はしないそうだ。フランス人でも憬
              れるところなのだろう。ニースは綺麗で清潔だったし、「私もその気持ちは分かる」
              と、言ってやった。
               夕食のポークはありきたりであったが、ワインを飲みながら打ちとけて旅仲間と
              過ごす食事は、ジョージが加わってさらに盛り上がったように思う。
 
               トゥールの駅前は煌びやかなネオンなどは無く、静かに落ち着いていた。木の
              繁った舗道に沿ってバスの停留所がかなり広いスペースを占めており、その中央
              に駅舎への連絡地下道への入り口が目立つだけである。
               街の中を緩やかな風が渡っていた。夜の風はやはり冷たくもう冬の風であった。
               舗道から右に折れてすぐに「Quality Hotel Harmonie」と書かれたネオンがアッパ
              ーライトで浮かび上がっていて、それが私たちの泊まる宿であることがわかりやす
              かった。
               小じんまりとしたフロントとピアノを置いたサロンがあり、そこでで部屋の割り振り
              を受けて3階へむかう。各部屋に音楽に由来する名前をつけたお洒落なホテルで
              あった。私とはなの入った部屋もバスルームが黒い壁にとピンクの浴槽という設計、
              小窓があって少し狭いが音楽でも響いてきそうな雰囲気が良かった。

                               ○

               朝5時にフロントに下りた。昨晩フロントで近くのマップをもらっていると、はなの友
              人のMさんが朝の街に一緒に出るというので同行することになっていた。
               Mさんとドアの外に出た。昨晩思ったほどの寒さは感じない朝である。
               駅前を東西に走るHeurteloup Boulevardという広い通りを東に向かって、ロワー
              ル河の方へ歩いて行った。Heurteloupは中央に楡の木だろうか、大きな木の並木
              がつづき、その両側に2車線の道路が設けられていた。
               私たちはさらにその脇の舗道をせっせと歩いた。道に沿ってビルが並んでいたが、
              早朝でほとんどがシャッターを下ろしたまま、興味の沸くようなものは無かった。早足
              でどんどん歩いた。
               1kmぐらい行くとロワール河の橋に近づき坂を伴うカーブがあった。橋の上に出れ
              ば街の様子がつかめるかもしれない、と100mもありそうな橋の中央まで行った。
              そこで振り返ると明け始めたトゥールの街がロアール河の堤防越しに拡がっていた。
               割合近いところに尖った塔があり、この街の大聖堂(サン・ガシアン大聖堂)である
              ことが分かった。
               他のそれほど目立つ高い建物は見当たらない、所々にこんもりと木々の盛り上が
              りが見えるものの平坦な町の感じがした。それだけにどこまでもロアール河と共に
              広がり、霞むほど奥深く伸びている街のようにも伺えた。
               しかし、第2次大戦でパリが陥落する前にフランスはこの地へ政府を移転した(すぐ
              にボルドーに再移転)ほどの地理的要地に発展した町である。古くはロアールの河を
              頼りに、また鉄道の要所でもあって、駅もパリのオルセーと同じウィクトラル・ラルーに
              よって建設された立派なものである。じっくり歩けば刻まれた歴史の見える興味深い
              ものが沢山ありそうにも思う。
               引き返して駅の構内へ入り発車を待つ列車のをバックに写真を撮った後、道路で他
              のメンバーと会って、一緒に大聖堂を観に行った。駅からみやげ物店や雑貨店の並
              ぶ小路を5分も歩くと、入り口に広場をかかえた大聖堂がまだ薄暗いなかににょっき
              り姿を現わした。
               私は朝の聖堂に向かって今日の無事を祈った。

               朝食はいつものベーコンハムチョコレート入りクロワッサン、コーヒーで済ませた。は
              なは体調がフランスになれてきたとか、色々なビュッフェを楽しんでいる様子だった。
               モーツアルトの音楽が流れていた。
               そしていよいよこの日はこのツアーの注目観光に当たる「モンサンミシェル」を訪ねる
              事になっているのであった。

               


パリのオルセーと似たイメージのトゥール駅


                                                                風次郎

       『風次郎の世界旅』 トップページへ
       南フランスからパリ2007秋No9へ
       風次郎の『八ヶ岳山麓通信』へ
       風次郎の『TOKYO JOY LIFE』へ