BGM by ASSO 「虹の音色」
フルビエールの丘からリヨン市内を眺める
晴れたプロバンスの空の下アビニョンを後にして、ローヌ川をさかのぼる。
気持ちの良い陽射しがスッキリと遠望の利く緩やかな起伏を持った大地にそそ
がれている。山も谷もあるが一帯は放牧地か葡萄の畑が多い。豊かな自然は遠く
アルプス山脈の麓から流れ来る水によって育まれ、人々の日常生活をも潤してい
るのであろう。このあたりから美味しいワインや良質の食肉が生産されるのであ
ろう。
リヨンへ向かっていた。
リヨンまで行けばもうそこはローヌ・アルプである。ローマ時代からフランスの前
身ガリアを制した地域拠点として重要な都であった。
交易にも重要な地としてローヌ川とジュランス川が合流するアヴィニョンが地域の
中心を担ったように、ローヌ川がソーヌ川と接する地点、またローマからアルプスを
越えて北ヨーロッパ、あるいはイベリアを制する要の地としてリヨンが極めて大きな
役割を果たしていたのである。
今もその交通の要衝としては地位は変わらないフランス第3の都市だ。
途中のドライブインでの休憩で傾きつつあった西陽を浴びながら飲んだコーヒー
が美しい紅葉とともに身にしみた。
リヨン市内へ入るとジョージの運転するバスはローヌ、ソーヌ両川に架かる大きな
橋を渡ってフルビエールの丘へ登って行った。
丘の上にはノートルダム・ド・フルビエール寺院があり、寺院の庭はリヨンを一望で
きる展望台になっているのである。
丘は街の西側にあるため、丁度眺める街は夕陽を受けて明るくパノラマのように
広がっていた。手前すぐ下にソーヌ川が流れているのだが、丘とローヌの間が旧市
街地でパリのノートルダムに似たセント・ジーン寺院がこちら向きに建っている。リヨ
ンは街並みの屋根をが赤く染められたように、色鮮やかな世界遺産歴史地区の眺
めが有名である。展望台の長い手摺に人がぎっしりで、長く頑張っていられないほど
の混雑のなかだったが、縋りつくように手摺を確保ししっかり観ようと努めた。
街の規模もさすがに延々としていた。
はなと友人のmさん、hさんたちと皆一緒にフルビエール寺院に入った。
丁度夕方のミサが始まったところで、入場者も多く暗い中を動くに躊躇しなければ
ならなかった。信者達の多くは席につき先導者について祈りを捧げている。
私たちも厳かな雰囲気につられて前方に向かいしばらく祈りを聴いていた。
私はキリスト教ではない、他の人たちもそうではないが、敬虔な気持ちになること
は気持ちがリフレッシュされるものである。礼拝は少時間で切り上げたが、寺院のス
テンドグラスの美しさや、蜀台の慈愛のような感覚が伝わってくるような気がした。
寺院内に日本字で「愛」というポスターがあったのに気が引かれたが、良く見ると
中国のポスターだった。
外に出たときはもう薄闇が始まっていた。
ジョージのバスは坂を下り、旧市街を横切って、新市街に入り街並みを彼方此方と
見ながら進んでいく。そして最後はベルクール広場に降り、夕食をとる為にレストラ
ン「LE PERE FILION」へ歩いた。
リヨンは美食の街として有名ということになっているが、何とその区域こそ「美食街
」であるとのネオンがキラキラ光っているところだった。
レストランの料理はローストチキン、オリーブ油を使ったレタスのような野菜のサ
ラダと一緒に美味しくいただいた。白ワインが良くマッチした。
少し太り気味のオーナーが出てきて、流暢な日本語で愛嬌を振りまいてくれた。
オーナーはバリトンの良い声の持ち主だったが、歌ったらもっと人気が出るに違
いない。
夕食後、周囲にネオンの輝くベルクール広場で、ライトアップされたフルビエール
の丘を眺めた。
風のない穏やかな夜だった。冷たさが夜の更けてゆくのを感じさせた。
ジョージのバスは少し市内を遠ざかる。
リヨン駅(パール・デュ駅)を少し北に上ったヴィルルウルバンヌ地区にあるホリデ
ィイン・ガーデンコート・イルルウルバンヌがこの日の宿である。
夕食も済ませていたし、10時になっての到着だったので、フロントで地図をもらっ
て翌朝にそなえ、ベッドに入って思案しながら休んだ。。
○
ホテルは、市街地の東北に位置し、近くにリヨン大学がある。街を眺めたフルビエ
ールの丘は市街地の西にあたる。この場所との中間を南北に流れるローヌ川岸に
は広大なテーテドール公園があり、一帯は文教地区のようだった。
朝の散歩は公園からローヌ川にかけて歩くのも良いと思ったが、リヨンは何といっ
てもローマ時代からフランス(当時ガリア)への重要な戦略基地、その後も水路、陸
路の交通にとって要衝であった所である。私はせめて、どうしてもリヨン駅を見てお
きたい気がした。
5時にホテルを出て「1918年11月通り」という歴史イベントそのままの名前のつ
いた通りを少し西へ向かい、鉄道の見える交差点を左に鉄道に沿って南へ下る。
真っ直ぐな暗い道をリヨンの駅へ向かう。相当な距離(4kmはありそうな)だった
から、間違わないように徹底的に地図を頼って行った。
この朝は、風は無かったが冷え込んでいたのでポケットに手を突っ込んで歩いた。
途中住宅団地があり、道がそのフロントを潜り抜けるようになっているところをすぎ
ると、森のような大きな公園が広がっていた。噴水のある池の辺を過ぎて、市街地
の道路に出ると路面電車が走っていた。駅へ向かう電車のようだったが、乗客は一
人も見えなかった。ただ私は静かな公園を抜けてきた後だったので、電車の走る音
の響きに、街なかに戻った安心感を得たように感じた。
路面電車の駅があり、そこを過ぎた先の大きな交差点の向こうに駅前広場らしき
様子が伺えた。駅の手前隣のビルには銀行のネオンが、広場の正面の建物はRO
YALというホテルのネオンがあった。
大きな駅舎はコンコースが東西を貫いており、近代的な駅舎の感じがした。混雑は
していなかったが早朝の列車を利用する客がコンコースを行き来し、待合室のソファ
ーに身を委ねて新聞を読んだりしている人もいる。
コンコースの両側にはコンビニとコーヒースタンドがあったが、大きなターミナル駅に
よくあるようなショップが見当たらないので意外に思った。
コンビニに入ってみると新聞がどっさり、さすがに日本の新聞は無かったがアメリカと、
イギリス、イタリアのものがあった。犬が3匹も寝そべって、入ってくる客の愛撫を受け
ている。食べ物以外、私に使えるようなものは何も無くフランス語の本ばかりだったが、
「数読」のフランス版があったので買った。これは帰りの飛行機の中ではなと使えてよ
かった。
「数読」は今や世界の人気商品のようである。
コンコースから螺旋状の階段を登ってホームに出てみると隣のホームにTGVが出発
を待っていた。人と言葉を交わすことも無く、駅員と顔を合わすことも無くただぶらぶらと
過ごしたのみで駅を去った。
帰りには路面電車の写真を撮った。ニースの路面電車もここの電車もニューデザイン
の綺麗な車である。大量輸送の公共交通に復帰の動きを反映しているのかもしれない。
風次郎
リヨンの路面電車
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