風次郎の世界旅
   南フランスからパリ2007秋
   
   

                                                    BGM by ASSO 「虹の音色」

    
   凱旋門の夕陽 

          15パリ遊覧―2―

              さて、天気も上々だし、折角の与えられた余分の1日を楽しもうと地図を広げ
             ていると、田川さんから「市内に行く人は3時にフロントに集まれば凱旋門まで
             案内する」との報が入った。
              私もはなも「凱旋門」は上まで上ったことがなかったのでMさん、Hさんも誘
             って一緒に行くことにした。そしてシャンゼリゼを歩き、どこかで食事をして帰
             ってこようという事にして3時を待った。
              田川さんが参加者を数えると12人になり、ミニツアーが始まった。
              先ず空港からRERでシャトレ・レ・アル駅に行き、地下鉄に乗り換えて「凱
             旋門」の直下へ。私も地図を片手にしながら田川さんに従って、皆の行列に小学
             生のようについていった。さすがに日曜日の地下鉄は混雑していた。
              凱旋門の建つド・ゴール広場は広大である。以前にも地下に入ったが、門の上
             へいくエレベーターの場所へ到達できず、あまりに大きなサークルをうろうろし
             て結局諦めたことがあった。改めて案内されてみると、ゆっくり落ち着いていれ
             ばどうと言うことはない入り口だ。焦ってしまうとろくなことはないものである。
 
              シャルル・ド・ゴールは大戦後のフランス復興に大きな足跡を残した国家的偉
             人である。しかも「国葬は不要、勲章も一切辞退し、葬儀は簡素に」と遺族に言
             い遺したほどの潔癖な人物であった。
              国はその栄誉を讃え、同じく国の偉人、近代化を導いたナポレオンを讃える「
             凱旋門」の建つ地を国民的広場として氏の名を冠したのであろう。いわば自由主
             義フランスの近代史が紐解かれた象徴の場所と言ってもよい。
              その中心「凱旋門」の基に第1次世界大戦の無名戦士の墓標を納め、「祖国の
             ために死んだ一人のフランス人兵士ここに眠る」と記してあることを、私は印象
             深く受け止めた。そして、今回BAがロンドンから飛べなかったが為に、期せず
             してそこを訪れ、慰霊の火が毎日点されるという場面に遭遇したことに感激した。
              ナポレオンに対してはともかく、貢献した人を讃えると言うことは、讃えられ
             る人の期待にこたえることとは程遠いのではないだろうかといつも思う。

              エレベーターで門の上まで行くと、手摺には、割り入る隙間の無いほど観光客
             がいっぱいであった。私たちはしばらく四方の景色を、自分たちの知っている状
             況に照らして確かめ合いつつ眺めた。
              パリの夕陽が傾いて、彼方街のはずれに大きく落ちていく美しい風景を見て満
             足した。ここでも場面に遭遇することに恵まれたことを思った。
              陽が落ちて、少し風が吹いた。風が吹くともうこんな季節かと思わせるほどの
             冷たさがあった。天気の良い日中を過ごしていたことを忘れかけていた。それが
             パリの秋の夕暮れであった。

              結局皆それぞれシャンゼリゼを歩くことになり、食事は田川さんに案内しても
             らうことに決まって、少し先の地下鉄駅のところで時間を決めて待ち合わせるこ
             とになった。私ははなと友人のMさん、Hさんについて廻った。
              一行のメンバーには女性が多かったので、想定のお決まり名所、「ルイビトン
              」にも寄った。夜のトバリの国際的遊歩道を歩くお洒落感覚も捨てたものではな
             い。
              シャンゼリゼにも最近チョコレートで名を上げている店や、庶民雑貨を扱い始
             めた店などが登場していたが、かつて懐かしい買い物をしたラコスタの店、また
             フランスの名門ルノーのショールームがなくなっていた。また、イラン航空の事
             務所が出現していた。
              世界のシャンゼリゼは、やはり世界にその名を誇示する意味を抱えて存在する
             ということなのだろう。時代の流れは否めない。

              待ち合わせた皆は田川さんの後について地下鉄でオペラまで行った。田川さん
             は「グランド・カフェ」に席を取ってくれていた。日曜の夜、12人が直前にリ
             ザーブ出来るとは少々強引だが、さすが田川さん8時をキープして良いとこを見
            せる。
             多少の待ち時間があり、眩しいネオンの瞬きに体を染めて参加メンバーはオペ
            ラ界隈をそぞろ歩きに時間を費やしていた。
             私は一人になり、ギャラリー・ラファイエットの食品など生活用品関係の売り
            場でユーロ高の実態を見分した後、足を伸ばしてサン・ラザール駅からサント・
            トリニテ教会の前庭まで歩いて過ごした。
             パリの名門「グランド・カフェ」はさすが一杯の人で溢れて、店の前さえ席を
            求める人だかりのあるほどだ。賑わいの中へかき入る気持ちも悪くは無いが、と
            てもゆったり食事を楽しむという雰囲気でもない。私たちの席は2階で、皆でわ
            いわいという感じになった。
             私ははなとヒラメのボイルと子羊のシチュウを慎重に扱って味わった。皆適当
            にアルコールをいただき、中には旅の終わりに本音が出た。いろいろな飲み物を
            口にする仲間もいたが、私はワインを一口だけにした。
             混雑の中、ネオンの光に背中を押されるようにして、私たちのパリのプラスワ
            ンページが終わった。
             空港のホテルに戻ったのは11時前、風呂に入るとすぐに眠りに着いた。 

                                                                風次郎


グランドカフェへ入る一行

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