BGM by ASSO 「虹の音色」
いつ見ても美しいパリの街角
午後は市内のバス遊覧である。先ずはノートルダム寺院へ行き、シャンゼリゼ
を通ってシャイヨウ宮、そしてオペラ座などを観た。運転手のジョージはパリも
お手のもの。シテ島近辺など交通規制のやかましい場所も、素早い乗降のコツを
教えてくれたり、美味い場所をとらえて私たちを感心させた。
旅行社の現地ガイドを受け持ってバスに乗り込んでくる人達も、日本人でグル
ープをつくって日本人を案内している仲間があるらしい。毎回来る人が変わるが、
どの人も軽妙な話法を心得ていて、ツアー客の笑いを誘いつつ上手な解説が楽し
い。
ツアーに参加すると必ず訪れるノートルダム寺院。壮大でどこから写真を撮っ
ても絵になるから記念撮影にもってこいだ。今回も最もノートルダムらしいとい
われる裏手の庭でお互いにシャッターを切りあったもであった。
フランスの道路原票があるノートルダム寺院とパリ警視庁との間の広場には、
幾つものグループがツアーガイドの説明を聞いている風景が終日続いている。あ
の広場こそ世界一国際色豊かに人々が集う場所のような気がする。
ノートルダム寺院では、入り口ですぐに見る象徴と言われる「聖母の像」も、
キリストの生涯を綴った彫刻の絵物語も、世界に有名を馳せている薔薇窓のステ
ンドグラスも何回見ても良いものである。今回のツアーではブールジュ、とリヨ
ンで大聖堂を、また崇拝の主体はミカエルではあったがM.ミシェルを巡って来
た。
マリアを掲げる聖堂はいたるところにあり、フランス語はノートルダムを名乗
り、イタリア語はサンタ・マリアを名乗って世界に広められ、それはまさにキリ
スト教文明の足跡のようである。
宗教が世界を巡り、宗派が争って歴史を積み上げているのも西欧文明の実態で
あれば、過去のものとはいえ、その遺産を巡って観光ばかりにうつつを抜かすこ
とに時々違和感を持つのは私だけだろうか。今、この時でさえ信心にすべてを投
げ打って国を賭す人々が大勢いるのだという思いが過ぎる。
そこへいくと、我々の近くに存在する仏教は何と素朴なのだろう。釈迦の求め
た境地は常に「無」であるのだから。
せめて宗教は他を制することから遠ざかってありたいと常に思う。
改修中のオペラ座を外から眺めたあと、ルーブルの脇にあるデュ―ティーフリ
ーに寄った。3階建ての店内を一覧したあと、私は外に出て居並ぶ土産物店を巡
ってみた。名所を刻んだキーホルダー、エッフェル塔の模型や絵葉書などたくさ
んの小間物に、ここもありとあらゆる国の人々が手ごろなお土産の品定めしてい
た。
こちらを日本人と見ると、愛想良く日本語で語りかける店員もいたりして、そ
んな風に時間を費するのも楽しい旅の思い出になる。並んでいるものは安いもの
ばかりだが、思い出の値打ちとしては高いと言えよう。
私は数ユーロでモンマルトル広場の風景を描いた絵を買って持ち帰ることにし
た。
夕暮れになってからセーヌの左岸に行きクルーズの船に乗った。1日良く晴れ
た日だっただけに陽が落ちると急に冷えてきたようで、皆船内に席を取った。
前に昼のクルーズをしたことがある。ディナーでも伴えば別だが、寒いときの
クルーズは昼の川風に触れて岸の景色を眺める方が良さそうだ。今回もノートル
ダムの先まで上って、ゆっくりと下ってくるコースだった。街に灯がつく時間で
あったが、川からは遠灯かりのようで思ったより華やかさは感じなかった。
元気の良い若い女性のガイドが甲高いフランス語でひっきりなしに案内を続け
ていた。私には説明は何も分からなかったが、賑やかでその活発な語り口にパリ
っ子の雰囲気を感じたくらいだ。
丁度船着場に戻ったのが7時。花火が上がってエッフェル塔がライトアップさ
れ、皆で歓声を上げ、盛り上がって写真を撮った。
ツアー最後の晩餐となる夕食会は、どこか知れぬ裏通りを入り、煌びやかなキ
ャバレーの大きなネオンのある三叉路を少し右に入った「AUBERGE DU
PERE LOOIS」というエスカルゴの店に案内された。
エスカルゴは高級料理風情の形で少量出されただけだったが、やはりパリのエ
スカルゴは記念の機会だ。コンダクターの田川さんから、会社からと言って、参
加メンバーの中で当月誕生日を迎える人たち2人にプレゼントが渡され、急遽誕
生会になった。そのうち一人は、はなの友人の一人Mさんだったので私たちも手
をたたいて祝った。
旅の最後の夜はとりとめも無く時が過ぎた。
そしてこの旅のここまでの無事を喜び、旅の楽しさを静かに心に温めながらベ
ルシーのホテルへ戻っていった。
風次郎
ノートルダム寺院のバラ窓
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