風次郎の世界旅
   南フランスからパリ2007秋
   
   

                                                    BGM by ASSO 「虹の音色」

    
   キュービックを思わせるレンヌ駅 

          10 レンヌからパリへ

                バスは修道院の小窓から見えた内陸へ通ずるひとすじの道を引き返す。
                レンヌからTGVでパリへ向かうことになっていた。
                レンヌはM・ミシェルから70キロあまり南に下ることになる。そこはもうブ
               ルターニュだ。ブルターニュは特に半島の南岸にコンカルノー、カルナック、ヴ
               ァンヌ、ゴーギャンたちの愛したポンタヴァンなど美しい街が多いと聞いている。
                また、ヨーロッパの暖かさは遥かメキシコ湾から偏西風によって運ばれる暖流
               の暖かさがもたらすものであると聞いた。その暖かい風が陸に寄せ入るのがちょ
               うどそのあたりになるのだろうか。暖かい割りには雨量も多く恵まれた自然と文
               化の地である。
                そこはまた、紀元前3000年石器時代からの文化を引き継ぐ地であり、6世
               紀には英国から渡来したケルト人たちの住み着いたと歴史が興味をそそる。フラ
               ンス大西洋岸、ここからノルマンディー地方に至るイギリス海峡を挟んだ沿岸は、
               人も風景も、気温も穏やかさが魅力で、この地に遊び、近世ヨーロッパの後世に
               残る作品を残した芸術家は多い。
                再び訪ねて廻りたいところである。
                M・ミシェルに近づいて来たときとは反対に、バスの右窓に陽を受けながら広
               がり続く農業地帯を走る。草地に群がり遊ぶ牛や羊の姿がいかにも長閑で、M・
               ミシェルの三角を名残惜しく振り返るのであった。
 
                レンヌの駅でジョージのバスを降りた。ジョージはバスをパリに運び、明日私
               たちのホテルに着けてくれるとのことである。
                レンヌの駅は近代ヨーロッパを象徴するようなガラス張りのキュービックのよ
               うなデザインである。2階が乗客のインフォーメーションになっていた。
               重厚感は無い透けて見えるその建物の中へ、エスカレーターを伝って入ってい
               く。私たちの列車は17時5分発でまだ1時間余の間があった。
                5本の鉄道幹線が集散するフランスでも要の駅である。待合室にはさまざまな
               身支度の乗客が溢れていた。文字通りガラス張りの待合室からは駅前広場が眺め
               られた。
                私ははなと友人に荷物を託して少しその広場を歩いてみることにした。
                ヨーロッパの主要都市が古い歴史を語る建物とともに市街地を持っているに係
               わらず、レンヌはブルターニュの首都でありながら市街地が新しい。それは17
               20年の大火でその旧い市街地の大部分を焼失してしまったからである。
                もともとブルターニュは石器時代からの文化を受け継ぐのであるが、その誇り
               を示すのか駅前広場には大きな遺産の石像モニュメントが立っていた。街の側に
               眼をやると、中央のロータリーの向こうには最も広いジャン・ジャンビエ大通り、
                その両側に洒落た窓飾りを施したホテルが建っていた。
                私は人々の行き交う広場を横切りながら周囲のビルの下を歩き、絵葉書や小物
               工芸品を扱うみやげ物店の幾つかを見て歩いた。

                          ○

                PGAの特急は快適に走った。パリまでは約370キロ。
                しばらくの間は外の夕暮れの風景が眺められたが、沿線の灯かりが飛ぶだけの
               車窓になるとあちこちで仲間との談笑に花が咲いていた。
               旅は道連れ。人はたった数日の一緒の生活で楽しい思い出を共有しただけで、
               とても親しくなれるものなのだ。2時間の列車の旅も添乗員の田上さんに「もう
               降りますよ」と声をかけられるまで瞬く間だったように思う。
                列車はモンパルナス駅のホームに入った。いよいよパリである。

                初めてパリを訪れた時、滞在したのはモンパルナスとイタリア広場の中間、サ
               ンジャックのホテルだった。そこから毎日モンパルナス駅に来て、帰りはモンパ
               ルナス墓地の著名人の墓を眺めたり、モンパルナスやサン・ミシェル通りのカフ
               ェを羨望の眼で見て歩いた思い出がある。あれから12年、3回目になる。そん
               な意味では懐かしいパリ着であった。
                今回のホテルは新開発地区ベルシーにある。走り始めたバスがモンパルナス墓
               地の壁に沿った通りを東に向かっているのが分かった。まだ街路樹が紅葉の真っ
               盛りで、淡く漏れる店の灯かりに滲むその色がセンチメンタルを呼び起こす。
                初めてのあの時は12月、街路樹はすでに数少ない枯葉を風に震わせていた。
                やがてセーヌ川に沿った道路の変り、オステルリッツの駅から橋を渡った。
                やはりパリに来ればそのネオンは髄1であろう。都会の華やかさに触れてホッ
               としたという本音もあるのは私も都会っ子?になってしまった証拠なのだろうか
               も知れない。

                そろそろ「日本食も恋しい頃」とのことで田上さんから十字屋のおにぎり弁当
               が配られ、はなと友人たちが一緒になってお茶を入れてくれたホテルの部屋で、
               皆でおにぎりの夕食を楽しんだ。「成る程日本!」と言う味がした。そして、グ
               ループになってホテルの隣のショッピングアーケードを散歩した。
                アーケードはもとワイン工場の倉庫を改造したレンガ造り。ホテルの隣は最近
               国際商品博覧会場に使われた巨大なビルディング。周囲には自然が残された広大
               な公園のある新開発地区である。ベルシーにはシネマコンプレックスも併設され
               て、夜のアーケードのカフェバーには若者にも溢れていた。 


レンヌを発つTGV

                                                                風次郎

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