風次郎の世界旅
   南フランスからパリ2007秋
   
   

                                                    BGM by ASSO 「虹の音色」

  
搭乗したBA機、ヒースロー空港のトランジット 

          コート・ダジュール(1)
 
          イタリアのジェノバそしてリビエラからフランスのコート・ダジュールを経て、マルセーユまで地中
         海を眺める世界の景勝地が続き、高級リゾートとなっている。そこに相応しい本来の楽しみ方を求めて
         行くのは私には無理にしても、一度足を運んでみたくなるのは無理の無いことだろう。
          なかでもコート・ダジュールはフランスの誇るリゾートであり、そこには富豪といわれる人たちが金
         で遊ぶ「モンテカルロ」という金満国もある。また、映画祭ではカンヌが有名だし、音楽祭の行われる
         イタリアのサン・レモもすぐ近い。私は森進一が歌う「冬のリビエラ」も歌詞の雰囲気が好きだ。

          この旅は先ずはコート・ダジュールから始まった。
          英国B・A航空を利用するためロンドン・ヒースローからニースの空港へ飛び、そこから南フランス
         を巡ったのである。到着はすでに夜10時をすぎていた。
          空港からニース港の近くにある私たちのホテルへは海岸沿いを行ったのであるが、海には遠い出島の
         灯かりが見え、海岸は少し波が光るだけ。 
          それでも海岸線に連立するホテル群は窓明かりが道路に届くほどに、高い屋上には色彩豊かにネーム
         ネオンが輝き華やいでいるのであった。

                                          ○
 
          例によって早朝散歩を欠かさない私は、翌朝4時に起き、どこにいても欠かさないP・Cのチェック
         を終えて暗い街に出ることにした。
          5時30分だった。
          フロントへ行ったが、未だ事務員が起きていなかった。「起こすのも気の毒だな」と、うろうろして
         いたら下着のまま出てきた従業員がドアを開けてくれた。
          「散歩に出たいのだが」というと近辺の地図をくれたのでこれが助かった。
          外は暗い。昨晩の到着が遅かったので近所の様子さえ確かめてないのである。
          ホテルのネオン看板を見失わないように気をつけながら街灯をたよりにまっすぐ行くと、近代美術館
         に突き当たり、それで居場所がはっきりした。
          そこから海岸通りまで設計の行き届いた広い公園が続いているのがわかった。
          美術館の近くでは、バス会社の事務員が出勤してきて事務所を開けていた。いよいよ朝の仕事が始ま
         ろうとしているのだと思った。
          街がきれいに掃除されているようで、ゴミが見当たらなかったのには驚いた。
          フランスについては、二度訪れたパリのことが少しわかるだけだが、美しい近代美に心が和むあのパ
         リの街も、眼下に目を転ずるとゴミだらけであったり、動物愛護の精神がある反面、後始末の悪さが印
         象を悪くしている面が否めない。しかし、ここの街は、都市によく見る浮浪者の姿も見当たらないよう
         だったし何となく、「お金持ちの集まる場所は違うなー」と呟きたくなる感じであった。

          朝の公園は、黄葉の始まったプラタナスなどの落葉樹と、松が中心の常緑樹が道路との境に続き、ま
         だ青々と広がる芝生の間に石畳が敷かれている。
          大きなサークルを形成している広場があった。そして公園の両側には、レジェンヌ、メリディアン、
         ルリーナ、海岸通りに向かってはネグレスコ、コンコルド、など名だたる高級ホテルのネオンが輝き続
        いていた。
         「この辺のホテルへ泊まるのを一流というのだろうか――?」
        海岸通りへ出て、ホテル・メリディアンから東へ海沿いの舗道を歩いた。
         3.5kmに及ぶその道路はプロムナード・デザングレと呼ばれるそうである。そしてまた見渡す海
        は「天使の湾」と名付けられ、夏のシーズン中華やかなパラソルが並ぶ光景は見事なものだろう。

         あたりはようやく日の出を迎える時間になってきて、すでに早朝の散歩に繰り出したホテル滞在の人
        々らしい姿も見ることができた。おそらく一流のホテルに泊まっているブルジョアの方々達なのであろ
        う。
         道を行く二人づれ、それもリタイアした年というか、かなりの高齢な人たちが多かった。走っている
        人もいたが若い人が見えなかった。年格好のことだけは自分たちの仲間という気がした。
         この砂浜はヌーディストの海岸と聞いていたが、さすがに朝早くてはそんな類は見れなかった。仮に
        陽が有ったとしても、季節的にも海に入る時ではないから無理な相談ではあったであろう。こちらは上
        着を着ての散歩である。
         薄い曇り空ではあったが、海が明るく白み、水平線の雲が割れそうになっていた。
         プロムナード・デザングレを東に向かって坂を上り、少しせり出して岩山のある突端を回ると入り江
        があり、そこがニースの港であった。
         港に向かって下る突端の岩山に、これは戦没者慰霊のものとの説明があって、大きなモニュメントが
        彫刻されていた。この美しい地域も重なる戦いの歴史を持っているのである。
         そのあたりからは見下ろすように港が見渡せた。
        港はオフシーズンに入って陸揚げされたり、停泊する大小のヨット、モーターボートで溢れ、豪勢な
        展示場の体を現すようにも見えた。
         青い水に浮かぶ船の群れは白い印象が多い。薄日が当たり始めて、船縁やヨットのマストが柔らかく
        光っていた。大きな観光船が停泊していたが港の陸に繰り出す人の姿は少なかった。
      
         道路が次第に朝の活気を帯びてきたのは車の数が増えたからであろう。朝のラッシュはニースの港に
        もあるのだった。
         岸壁からすぐに道路があり、道路をを挟んだところには教会があった。
         ノートルダム教会。ノートル=私たちの、ダム=夫人、→マリア様だそうである。
         古い時代から港の人々のさまざまな祈りを聞き続けてきた教会だと思う。
         はためきそうなマスト、船の舳先など淡白で鋭い線が光る港のさまざまなモチーフと、その教会の丸
        天井の腺を持つくすんだセピアの図のような姿は、双方がが相対したまま歴史を刻み、この街のイメー
        ジを作り上げてきたのであろうかと思うほど何故かちぐはぐに見えた。教会が貧しく見えるのだった。
         私は狭い通りをぬけて ホテルへ戻った。
         今日から南フランスを巡るのである。 

                                                                    風次郎     

  
朝のニース港 宿泊したホテルアポジア

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