BGM by ASSO 「虹の音色」
フィナンシャルセンターからのグランドゼロ
長男は7時前、まだ暗さも残る時間に出勤して行った。
ゆっくり朝食をとったがやはり帰国となると気が急く。
窓越しに見える庭先のどんぐりの木をしきりに登ったり降りたりしているつがい
を見ていた。このあたりの住宅地には野生のリスが沢山生息している。
いった何処に巣を設けているのだろうか。ガラスは朝の冷え込みに少し曇りがか
っているほどだが。寒さにめげず、しきりに動いていた。風もない静かな朝だった。
8時に手配してあった車が迎えに来た。革張りのシートがデラックスなリンカー
ンであった。嫁と孫娘が手を振っている玄関前を離れる、そしてハリソンの街角を
幾つか曲がっりながらその街を離れていくのだった。
100号線がヤンキースタジアムの脇を過ぎたところで、マンハッタンへ向かう
にはいくつもの道路が橋を越えていかねばならない。そのための合流地点は難所で
ある。運転手はしきりに何処かと情報交換して、ニューワークへのスムーズなルー
トを確保しようとしているようだった。
十分余裕を見て出てきたはずだったから、心配はしていなかったが、それでも車
が停止してしまうと不安になるものである。2.3回の停止状態があったが、やが
てG.ワシントン橋を渡り始めると、スムーズな走りとなった。
ハドソン川の西を下り始める頃は、それ程渋滞に煩わされることもなく、予定通
りニューワーク空港へ到着の目処も立ってゆったりと車窓に眼をやるひとときであ
った。
マンハッタンの林立するビル群の上に太陽が登っている。丁度前方左に朝靄の下、
真向かいから太陽の光を浴びて、摩天楼の連なりが浮かび上がってくるように見え
る。雑踏は聞こえない、朝の静かな風景である。
数年の間にニューヨークには随分と通いつめ慣れてきた。
当初憧れに似た、華やかな期待感に誘われて訪れていたものであるが、家族の暮
らしの中でその探求を一つづつ経験していく内に、かといってそれらは皆遊びに近
い過ごし方のなかであるが、マンハッタンを歩いていれば世の中の動きを刺激的に
受けることは多々ある。
郊外へのドライブやイベントへの参加、あるいはショッピングであれ何もかもが
マンハッタン経由の経済ダイナミズムとの関連で理解されようとするのもやむを得
まい。
私もこの2〜3年随分アメリカに関する物知りになったように思う。
今年のクリスマスシーズンの街は活気に溢れていた。夜の光による飾りも見事で
あった。買い物に繰り出す人々にとっても今年のクリスマスは豊かさが感じられる
ようだった。アメリカではこのシーズンに年間の3割から4割を売り上げる商機と
のことである。それだけに世界的好況の続く今年の活況は凄い。
私たちも日曜日の5番街を歩き、興味本位な野次馬好みの出で立ちで、メイシー
ズを上から下まで歩いてみた。午後3時という時間帯が混雑の時間帯なのかもしれ
ないが、衣類雑貨売り場など所狭しと積み上げられた商品の間に設けられた通路に、
顧客が溢れるほどのゴッタガエシ状態であった。
いきおい店員の対応もついつい乱暴になっている感じで、顧客とのやりとりも口
角泡を飛ばしかねない雰囲気を感じたものだ。おそらくあの混雑では不祥事がない
とは言い切れまい。
ある品物を手に入れたいと思いついたはなが、店員にその売り場を教わったが、
どうにも辿り着くことができない始末であった。
アメリカで有名になって、その人気はヨーロッパに及ぶ子供用の着せ替え人形『
サマンサ』は孫娘ミサのアイドルでもあり、クリスマスとあればその為の着せ替え
服を新調することをせがまれてしまった。
ビル一つがこの人形のための館だという店につきあって、勿論ここは子供子供で
溢れかえっていたのだが、当然のことながら「着せ替え人形」と馬鹿にできない大
商いの代物のようであることを知った。
裸の人形が¥10000を超え、着せ替えはショーツからコート帽子に至るまで
人間並み。部屋の大道具、小道具も揃えていく仕組みだ。
次から次と装備品を揃えていくことになるから、その都度の購入も大変のようで
ある。私など、その洋服を買うのなら人間の方の孫娘に同額で手当できると思うほ
どの買い物に思った。
これが又、ニューヨークのど真ん中のこの店舗でしか手に入らない由、ヨーロッ
パからも買いに来ると言う人気だから恐れ入った。全くにわかには信じがたい、と
驚いてしまった。これを抱いて街を闊歩するのが女の子(とその親)たちのプライ
ドだというから恐れ入る。
クリスマスとなれば世の大人どもも子供に対しては制御できない心中を思いやる
ことであった。
残念ながら大人ムードのクリスマスは味わえなかった。
私はハーレムの教会でゴスペル聴くなんてのも良いなあと思って来たが、実現し
なかった。
走っているハイウェーはマンハッタンの林立するビルを次第に遠目にして、車は
大きく右へカーブし、ニューワークエアポートへのサインを追う。
ニューワークのターミナルCはコンチネンタルの専用であるから、スタスタと正
面のカウンターでチェックインをすませた。すぐに2Fの出国ゲートを経て出発ロ
ビーで時を過ごす。ハリソンの息子宅に定時出発できそうだと電話をいれて、後は
搭乗口の開くのを待つばかり。
パスポートを機械に入れて指先の指紋確認が要請されるようになったが、入国の
時とはうってかわって出国のセキュリティーはごく簡単に済んだ。
いつもながら搭乗口の椅子に着いている日本へ向かう人の顔は東洋人の顔であれ
ば勿論、かりに異国人でそれが膚の色が違う人であっても、とても親しげに思える。
この旅の経験も又懐かしい思い出のひとつとして加わるのであろう。
ほっとして、日本へ帰る。この旅の終わりである。
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